258 面白がってます
2020. 3. 30
本体である少年シィルは、ベッドから足を下ろし、腰掛けた状態で影と向き合った。
「……影……」
「さすがに分かる?」
「……君は?」
そういえば、知らないよねとファナは元気に挨拶した。
「私はファナ。魔王だった兄さんとは知り合いなんだよね? 今はその妹やってる。時渡りの魔女の弟子だよ」
「……なんか、ツッコミ所満載な自己紹介だな……」
「うん。面倒だから、そういうもんだって思っておいて」
「……自由人って言われない?」
「言われ慣れてるけど?」
「そう……」
それがどうかしたかと首を傾げるファナに、シィル少年は脱力した。これもよく見る光景なので気にしない。
シィルもファナに負けない自由人な母を持っているため、切り替えは早かった。
「で? その影、オレの中に戻せばいいんだよね?」
シィル少年は、影について知っているらしく、本来は存在してはいけないこともわかっているようだ。
「保護をかけたから、無理に戻る必要ないよ」
「え……だって、離れたままだと危ないって……」
「普通はね〜」
「……」
それはまるで普通ではないと言われているようなもの。シィル少年も、影の方のシィルも不思議そうにファナを見た。
「あれ? 気付いてないの? キィラより神子の素質があるじゃん? だから、無意識にパスも通ってるし、なんかここの神獣も影がいるみたいだからね。そこでお互いが力を補填してくれてるみたいなんだよね〜」
ファナは、ここに来た時点で気付いていた。ラクトが『ひと角』と呼ぶ神獣には、影が生まれている。その影がシィルの影に力を供給しており、そのおかげで今まで消滅せずに済んでいたのだ。
「主様が……」
二人のシィルは驚いていた。キィラに目が行きがちで、自分が神獣の影響を受けているとは考えたこともなかったらしい。
「っていうか、ここの神獣は甘えたちゃんだねえ。あなたのこと大好きみたい。多分、キィラが生まれたことで、面倒を見てもらえるキィラが羨ましくて、乗っ取りに近い感じでキィラにパスを通しちゃったんだと思うよ」
「……え……」
「あっちも気付いてないかもだけどね〜。うちのは最初っから偉そうで知識もそれなりにあったから、神獣はそういうもんだと思ってたけど、個性があるんだねえ」
「……」
色々とはじめて知った事実に、シィル達は考えこむ。言われてみると気付くことも多いらしい。そんな二人には時間が必要だろう。
「さてと。ちょっとさあ、放浪癖のあるお父さんってのを捕獲してくるから、ゆっくりしてて」
「「……わかった……」」
「あっ、あのお姉さんみたいなお母さんにはまだ入らないように言って……入れないようにしとく」
「「お願いします」」
「ほ〜い」
この間、近くにいるだけあり、影と本体で知識共用がなされていた。そのため、影もリナーティスがどういう人物かが理解できてしまったようだ。
ファナはそんな二人を部屋に残し、結界を張り直す。そして、ラクト達のいるリビングに向かう。
そこでは、奏楽詩人の男とキィラが楽しそうに楽器を鳴らしていた。
「あ、魔女さん! シィルは?」
「影と話し合い中だから、そっとしといて。今からお姉さんの旦那さんを拉致ってくるから」
「だんなさん……?」
これは言われ慣れていないなと思いながらも、いい具合にフリーズしたので、そのまま出口に向かう。
その途中、シルヴァが立ち上がり、ラクトが見送りについてくる。ドランはキィラの膝の上で楽しそうに体を揺すっていた。それを確認してラクトへ目を向ける。
「ちょっと行ってくる」
「……分かった……」
自分もついて行きたいが、ファナが一人で行く気満々なのがわかり、渋々了承した形だ。
「ご飯作っといて」
「なら、早く帰ってくるんだぞ」
「分かってるって」
そうしてシルヴァに乗って駆け出した。
《父親は何をやっているのだ?》
「ちゃんと聞くの忘れた。けど、なんか今、追われてるっぽい」
《……なるほど……ロクなことではないな》
「まあ、行商人でも何でも、追われることはあるよ」
《相手は素人か?》
一般人と取引きで揉めただけなのかとシルヴァは気持ち、スピードを落とす。
「ううん。多分、教会関係者。捕まったら殺されるって勢いで逃げてるっぽいし」
《急がねばならんだろう!》
「だね」
《……》
慌てるでもないファナの様子に状況が全く分からない。シルヴァはそれでも急いだ。ファナが注目している方向だけは分かるので問題はない。
そうして、見えたのは、明らかに怪しい黒いローブを着た数人に追われる二人の男性。両方とも重そうな大きなリュックを背負っている。
「荷物を捨てればいいのに」
《追っている方も中身が大事なのかもしれん》
「でも、追いつかれるじゃん」
《……間に合いそうだな》
どこまでも呑気なファナ。シルヴァは必死の形相で逃げる二人と黒いローブ達の間に滑り込んだ。
「そこまでだよ!」
《……》
途端に、ここだというように告げるファナ。絶対に面白がっているというのがシルヴァの感想だった。
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