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2020. 3. 30

本体である少年シィルは、ベッドから足を下ろし、腰掛けた状態で影と向き合った。


「……影……」

「さすがに分かる?」

「……君は?」


そういえば、知らないよねとファナは元気に挨拶した。


「私はファナ。魔王だった兄さんとは知り合いなんだよね? 今はその妹やってる。時渡りの魔女の弟子だよ」

「……なんか、ツッコミ所満載な自己紹介だな……」

「うん。面倒だから、そういうもんだって思っておいて」

「……自由人って言われない?」

「言われ慣れてるけど?」

「そう……」


それがどうかしたかと首を傾げるファナに、シィル少年は脱力した。これもよく見る光景なので気にしない。


シィルもファナに負けない自由人な母を持っているため、切り替えは早かった。


「で? その影、オレの中に戻せばいいんだよね?」


シィル少年は、影について知っているらしく、本来は存在してはいけないこともわかっているようだ。


「保護をかけたから、無理に戻る必要ないよ」

「え……だって、離れたままだと危ないって……」

「普通はね〜」

「……」


それはまるで普通ではないと言われているようなもの。シィル少年も、影の方のシィルも不思議そうにファナを見た。


「あれ? 気付いてないの? キィラより神子の素質があるじゃん? だから、無意識にパスも通ってるし、なんかここの神獣も影がいるみたいだからね。そこでお互いが力を補填してくれてるみたいなんだよね〜」


ファナは、ここに来た時点で気付いていた。ラクトが『ひと角』と呼ぶ神獣には、影が生まれている。その影がシィルの影に力を供給しており、そのおかげで今まで消滅せずに済んでいたのだ。


「主様が……」


二人のシィルは驚いていた。キィラに目が行きがちで、自分が神獣の影響を受けているとは考えたこともなかったらしい。


「っていうか、ここの神獣は甘えたちゃんだねえ。あなたのこと大好きみたい。多分、キィラが生まれたことで、面倒を見てもらえるキィラが羨ましくて、乗っ取りに近い感じでキィラにパスを通しちゃったんだと思うよ」

「……え……」

「あっちも気付いてないかもだけどね〜。うちのは最初っから偉そうで知識もそれなりにあったから、神獣はそういうもんだと思ってたけど、個性があるんだねえ」

「……」


色々とはじめて知った事実に、シィル達は考えこむ。言われてみると気付くことも多いらしい。そんな二人には時間が必要だろう。


「さてと。ちょっとさあ、放浪癖のあるお父さんってのを捕獲してくるから、ゆっくりしてて」

「「……わかった……」」

「あっ、あのお姉さんみたいなお母さんにはまだ入らないように言って……入れないようにしとく」

「「お願いします」」

「ほ〜い」


この間、近くにいるだけあり、影と本体で知識共用がなされていた。そのため、影もリナーティスがどういう人物かが理解できてしまったようだ。


ファナはそんな二人を部屋に残し、結界を張り直す。そして、ラクト達のいるリビングに向かう。


そこでは、奏楽詩人の男とキィラが楽しそうに楽器を鳴らしていた。


「あ、魔女さん! シィルは?」

「影と話し合い中だから、そっとしといて。今からお姉さんの旦那さんを拉致ってくるから」

「だんなさん……?」


これは言われ慣れていないなと思いながらも、いい具合にフリーズしたので、そのまま出口に向かう。


その途中、シルヴァが立ち上がり、ラクトが見送りについてくる。ドランはキィラの膝の上で楽しそうに体を揺すっていた。それを確認してラクトへ目を向ける。


「ちょっと行ってくる」

「……分かった……」


自分もついて行きたいが、ファナが一人で行く気満々なのがわかり、渋々了承した形だ。


「ご飯作っといて」

「なら、早く帰ってくるんだぞ」

「分かってるって」


そうしてシルヴァに乗って駆け出した。


《父親は何をやっているのだ?》

「ちゃんと聞くの忘れた。けど、なんか今、追われてるっぽい」

《……なるほど……ロクなことではないな》

「まあ、行商人でも何でも、追われることはあるよ」

《相手は素人か?》


一般人と取引きで揉めただけなのかとシルヴァは気持ち、スピードを落とす。


「ううん。多分、教会関係者。捕まったら殺されるって勢いで逃げてるっぽいし」

《急がねばならんだろう!》

「だね」

《……》


慌てるでもないファナの様子に状況が全く分からない。シルヴァはそれでも急いだ。ファナが注目している方向だけは分かるので問題はない。


そうして、見えたのは、明らかに怪しい黒いローブを着た数人に追われる二人の男性。両方とも重そうな大きなリュックを背負っている。


「荷物を捨てればいいのに」

《追っている方も中身が大事なのかもしれん》

「でも、追いつかれるじゃん」

《……間に合いそうだな》


どこまでも呑気なファナ。シルヴァは必死の形相で逃げる二人と黒いローブ達の間に滑り込んだ。


「そこまでだよ!」

《……》


途端に、ここだというように告げるファナ。絶対に面白がっているというのがシルヴァの感想だった。


読んでくださりありがとうございます◎

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