255 子どものままも問題
2020. 2. 17
お姉さんにしか見えなかったリナーティスが母親で、少年にしか見えない子が三十代頃に見えるキィラの兄だと聞いてから、ファナは色々と考えていた。
シルヴァに乗って、目的とする影のいる方向を示しながら、うんうんと唸る。因みに後ろにはキィラが乗っている。
「とりあえず、あのお姉さんなお母さんは置いておいて、お兄さん……眠ったのは三日前だから、それまでもあのまま?」
少し振り返るようにしてキィラに尋ねる。
「ん〜? 姿? あのまま……ずっと、兄さんはあのままだよ?」
「そっか……ん?」
「ん?」
思わず二度見したファナ。二度目はしっかりと振り向いてキィラの顔を確認する。
「あ、ごめんね。なんか、目が覚めた感じ? おっとり系だと思ってたのに、無邪気少年系とか印象変わったね」
ずっと眠そうな表情だったキィラ。だが、今は目を輝かせながら微笑みを浮かべていた。目の開き具合が違うだけで印象はガラリと変わる。
「え? あ……そういえば、眠くない……?」
不思議そうに目を瞬かせているキィラ。どういうことだろうと思っていれば、シルヴァが指摘した。
《距離を取ったことで、金のからの影響が薄れたのだろう。お主、今まであの地を離れたことがないのではないか?》
「え? あ、うん! 町から出たの初めてなんだ!」
「へえ。ずっとあそこにいるの? まだ若いんだから外の世界見なきゃ。もったいないよ?」
山に引きこもろうと考えている自身のことなど棚に上げるファナだ。
《……その見た目に主は誤魔化されているかもしれんが、兄殿のことを知っているのだ。年齢は百をとうに越えておるだろう》
「うぇっ、そうじゃんっ。こっちの大陸の人は長生きだったっけ。ってか羨ましい! 百年以上も引きこもれるとかイイ!」
《主よ……先程の話はなんだったのだ……》
引きこもりたいのを唐突に思い出した。
「だって人と関わるの面倒じゃん。自分勝手な行動とか見るとイラっとするし、誰かにいちゃもん付けてるの見るとイライラするし、迷惑してる人がいるのに、全く自覚ない人を見ると殴りたくなるもん。そういうのを視界に入れることなく穏やかに暮らしたいじゃん」
《……主はいっそ、人が嫌いなのかと思う……》
「え? 人嫌いじゃないの?」
確かに、これを聞くと人嫌いじゃないかと思う。キィラの声も心底意外だというものだった。
「別にそこまでじゃないと思うけど。集団で過ごしてるのに、他人への配慮を知らないバカが嫌いなだけ」
《……主も相当、自分勝手だが?》
「ちゃんと自覚あるからいいんだよ」
《自覚してアレか……》
シルヴァが呆れるのは、少々心外だ。
「まあ、それはとりあえずどうでも良いんだよ。その神獣とあそこに居る間中、ずっと繋がったままだったってこと?」
《うむ……金のは外に出ることを知らんのでな。我らの中でも……アレだ。深層の令嬢のような……世間知らずなのだ。こやつが特別相性が良かったというのもあるのだろう。人を通して外を見て知っていくための力だが、アレはどうも使い道を間違っておるわ》
本来ならば、それなりに世界も知った大人と繋がることで、知識を得る。彼らは窓なのだ。外界を、世界を見せる窓。
だが、その神獣が繋がることを選んだのは子どもばかり。それによって、精神年齢も下がってしまっている。
《いつまでも子どもだからな。アレは》
「教えてあげなよ……」
《その必要性を感じぬからな。アレは子どものままで良いと、他のも思っておるよ》
「あ〜、一応は可愛がってるんだね。なら良いか」
可愛い子どもに、そのままでいて欲しいと思うのは仕方ないことだ。
《だが、繋がる相手の成長まで妨げるのは良くないだろう。というか、アレは繋がり過ぎだ。どれだけあの家族が好きなのだ?》
意識をキィラと同化させることで、その家族として生活しているような気になるらしい。本当に、使い方を間違っているようだ。
《む? そうか……そう考えると……あの兄の方が好きなのかもしれんな》
「ん? あ、そっか。ねえ、あのお兄さん、世話してくれたの?」
「うん? うん。兄さんがずっと僕と母さんのお世話してくれてたよ。ご飯も作ってくれるし、寝るまで側に居てくれるんだ」
「……うん。なんか分かった。要するに、甘えてるんだね。それを受け入れるのにキャパオーバーして、影が出来たと……」
「え? どういうこと?」
面倒見の良い兄に、依存しまくっていたということだ。そこに、神獣も加わった。
「お兄さん、小さい時からそうだったんじゃない?」
「そうだね。僕が生まれてからずっと」
「なら、やっぱりそうだ。無理して頑張って、魂が乖離しやすい子だったってのもあるんだろうけど、それで、我慢してた部分が影になって離れちゃったんだよ」
「っ、なら、僕のせいで……」
「神獣とあのお姉さんみたいなお母さんのせいでもあるよ。だから、早く見つけてごめんなさいしよう」
「うん!」
とはいえ、あの状態になるまで影が離れていたことが引っかかる。
「……普通は本体に戻るよね……」
そのまま消滅することはなく、必ずその前に本体に戻るのだ。だが、それが戻ると後遺症が出る。記憶が混ざって錯乱したり、成長具合が違えば統合して落ち着くまで、それこそ眠ったままになる。そうして、衰弱して死ぬことになる。
「……今眠ってるのは、多分自衛……本能的なものかな……影がはっきりと意識を持って行動してる? なら、成り代るってのが本当に……」
ファナはブツブツと呟きながら思考に沈んでいく。
「難しいこと考えながら、よく落ちないね」
《幼い時から乗っていたからな。移動中が暇だと、乗りながら本を読もうとしてな。最初は何度も転がり落ちておったわ》
「慣れって凄いんだね」
《お主も、引きこもっていた割に上手いものだ》
「ん? あれ? そういえば? なんか自然に」
《それも金の影響かもしれんな。役に立つことがあって良かったな》
「へぇ。主様のお陰かあ。嬉しいなっ」
無邪気に喜ぶキィラ。それに呑気なことだと呆れるシルヴァだ。
だが、そこでふとキィラが何か感じたように体を強張らせた。
「あれ? これ……兄さん?」
《分かるのか。うむ。我もここまで来れば分かるな。主よ。どうするのだ?》
このまま行って、本当に言葉通り捕まえてくればいいのかとシルヴァがファナへ確認する。
「え? あ、もう着いた? とりあえず話し合いで、本体に戻ってもらうんだけど……なんか、怪しいのが近くに居るんだよね……よし、私はあっちで様子見してるみたいな人とオハナシしてくるから、お兄さんを説得して来て」
「わかった!」
「シルヴァもそっち行って」
《良いのか?》
「うん。任せて」
ファナが感知している人物。それが危険ではないかとシルヴァは一応は心配したのだが、ファナのことだ。何とかするだろうと納得する。
「戻っても、私が調整するから、安心して戻っておいでって言ってやって」
「えっと? うん。わかった」
戻ることにもリスクがあるが、そこはファナだ。どんな状態になっても戻す気満々だった。
「それじゃあ、家出少年を迎えに行ってらっしゃい」
そうして、ファナはシルヴァから飛び降り、一人その人物に向かって駆け出した。
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