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025 可愛がり過ぎです

2016. 9. 23

それはラクトが十五才の時だった。


母親に甘えるなんて事もしないラクトは、その頃、全く母親に会っていなかった。


元々、食事も揃って摂る事は稀だ。父親は跡取りの成長を確認する為か、王都の仕事から戻ると、必ず一緒にテーブルについた。


そうして、父親とは顔を合わせるが、母親をしばらく見ていない事に気付いた。


「母上は、お体でも悪いのですか?」


それはただ、息子としてあり得るであろう気遣いの言葉。両親は気に入らないが、この世に再び生を受けて、与えられた役割りをとりあえずは全うしてやろうと思っての言葉だった。


ラクトとしてはいつもの無関心な『大した事ではない』とか『お前は気にする必要はない』といった答えが返ってくると予想していた。


しかし、父親が口にしたのはそんな予想とは大きく外れたものだった。


「もうすぐ、お前の弟か……妹が生まれるのだ」

「……はい?」


思わず素で返事をしてしまった。だが、席が遠かったのが幸いし、ラクトの間抜けな声は聞こえなかったようだ。


「兄となるのだから、今より一層努力し、我がハークス家の子息として、誰よりも気高い貴族の手本とならねばならんぞ」

「……はい、父上……」


とりあえず返事はしておいてやろう。貴族云々。ハークス家云々は、はじめからどうでもいい。鬱陶しい言葉をまた聞いてしまったと、内心うんざりしながら部屋へ戻ったラクトは、それでも少しだけその弟か妹に興味が湧いた。


「家族が増えるのは嬉しいな」


純粋に、家族となる者が増えるのはラクトにとって喜ばしい事だ。何より、まだこの家どころか、この世界にも染まっていない真っ白な存在。


無垢な赤子を、この家の毒牙にかけさせてなるものかと、密かに思いを巡らせていた。


数日後、新しい命が生まれた声を、一人、部屋で聞いた。その日は、信じられないほどの土砂降りの雨。それでも、不思議とその雨音に搔き消えることなく、ラクトの耳に泣き声が届いたのだ。


聞こえた声に、反射的に感覚を広げた。生まれた命の気配を感じようと思ったのだ。しかし、今になって思えば、その時

その声に導かれたのかもしれないと思う。


感じた小さな命。力強く拍動を刻み、真っ白な魂の音を響かせる。懐かしいと思った。


ラクトの頬を、不意に涙が伝う。


「……っ……ファルナ……っ」


口をついて出たその名は、愛しい娘の名前だ。血のつながりはない。種族も違う。それでも愛した娘。愛してくれた娘の名だった。


「っ、ファルナっ……」


抱き締めたいと思った。部屋から今すぐにでも飛び出し、お帰りと言いたかった。


だが、それをすれば、間違いなく両親はラクトを異常だと感じるだろう。この家での居場所など、今までどうでも良いと思っていたが、これからはファルナがいる。


ファルナの居場所が、自分の居るべき場所だ。両親を追い出したとしても、自分が追い出される事になってはならない。


だから、今まで以上に前世の記憶がある事は知られるべきではない。


「ファルナ……今度こそは絶対にそばで守ってみせる」


こうして決意を固めたラクトだったが、両親が不在の時を狙ってファルナの面倒を見るようになった。


父親は、息子の名は決めていたが、娘の名は決めていなかったらしい。そのため、半年近く名が決まらない赤子を、ラクトは『ファルナ』と呼んで可愛がっていた。それを度々、家人達が目撃していたらしい。


『ファルナ』からインスピレーションを受け、ファニアヴィスタと名がついた事で、ラクトはファナと愛称で呼ぶようになった。


「ファナ。可愛いファナ。ずっとずっと、私が守ってあげるからね」


本当に異常な程、ファナを可愛がるラクトは、前世の記憶云々よりも、両親達の不安を募らせていたとは、気付いていなかったのだ。


それが何をもたらすかなど、ラクトにも予想できなかった。


◆◆◆◆◆


ファナにとってラクトは、優しい兄で、何よりもファナを優先してくれる絶対の味方だった。


ただ、やはりまだ幼い頃であった為だろう。記憶は曖昧で、後から考えれば異常な程構われていたと気付く。


「ファナの部屋は、南向きの広い部屋を用意させよう。ファナは体が弱いからな」


もう既にラクトの頭の中は、屋敷で一緒に暮らす事でいっぱいなようだ。


しかし、ファナ達に混乱はない。シスコンで間違いないと理解したファナ達は、冷静に一線を敷いていた。


「なんだ。ファナ、体が弱かったのか?」


バルドが尋ねるのに対し、ファナは昔を思い出すように少々、目線を上へ送る。


「それがねぇ、そうでもないはずなのに、すぐに熱出してたんだ。子どもはそういうものだって師匠も言ってたけど、多分、両親も弱い子だと思ってたんだろうなぁ」


ベッドの上で過ごした記憶がある。その時もいつでもラクトがそばにいた。


「それって、若様の構い過ぎが原因かもね」

「へ?」

「あぁ……」

「ん?」


オズライルの言葉に、バルドは納得顏でラクトを横目に見る。当のラクトはキョトンと目を瞬かせ、ファナはポカンと口を開けていた。


「若様。ファナちゃんをずっと抱っこしてなかった?」

「もちろんだ。いつでもずっと一緒だったぞ。食事の面倒も全部、私の役目。兄としての特権だ」

「……ファナ、乳母とかいなかったのか?」

「う〜ん……寧ろ、そばにあの人しかいなかったように思うんだけど……」

「それは……異常だな……」


そうだ。眠る時だって隣にいたし、朝、目が覚めてもそばにいた。


「何を言う! ファナが泣いたらどうする。一人で泣かせるなど、私にはできん!」

「それ、赤ちゃんの時はどうしてたの? 赤子は泣くのが仕事でしょ?」


オズライルがそう尋ねれば、自信満々な答えが返ってくる。


「話ているのと同じだろう。例え他の者達には分からなくても、お腹が空いた時と不快感を表す時は一目瞭然だ。最初のひと泣きで分かる」

「……どんだけ有能な乳母だよ……」

「そういえば、遊んで欲しいと泣いた事はなかったな……まぁ、常に遊んでいたがな」

「……そりぁ、常に構ってればね……」

「複雑……」


構い倒されていたというのは、よく分かった。


《どうも、話を聞いていると、主が捨てられた理由は、兄殿にありそうだが?》

「っ、な、し、失礼な!」

「どういうこと?」

「「……」」


バルドとオズライルも密かに顔を見合わせる。口にはしないが、そんな予感がするようだ。


そして、何よりもラクトが焦っていた。


「わ、私のせいなどではないぞ。あの愚かな親達がいけないのだ」

《ふん、今はそうしておこう。主自身で答えを見つけられるだろう》

「うん。理由次第で、親だろうがなんだろうが地獄を、見せてやるんだから」

《その意気だな》


拳を握るファナを見て、ラクトは青い顔でゴクリと喉を鳴らしていたのだが、ファナだけはそれに気付かなかった。


読んでくださりありがとうございます◎



この異常なお兄ちゃんについて行って良いものかどうか……。



では次回、一日空けて25日です。

よろしくお願いします◎


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