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245 貴族の最期は

2019. 9. 30

イスクラ侯爵は屋敷の自室で悶々と考えていた。


「なぜだ……なぜ、報告が来ない?」


彼は今更ながらにセシアの嫁いだ国から報告が来ないことが気になっていた。


「まだあの石の力の封印が解けていないのか?」


彼の計画では、セシアに持たせた特別な石の力により、あの国の王家が中から壊滅することになっていた。教会から託されたその石は、恐ろしい呪いの石だという。


「あやつめ、まさか直前になって兄を死なすことをためらったのではあるまいな……」


手を組んだ王弟。彼は石の影響を受けないよう、教会から対策を受けているはずだ。そして、生き残ることで、あの国の実権を握る予定になっている。


「これ以上時間をかけてもらっては困る。次の段階に移れんではないかっ」


王弟が王となった後、教会とで進めていた魔族の住むと言われる東の大陸へ攻め入る準備に入る。


大陸を一つ落とすのだ。こちらの大陸も一丸とならなくてはならない。侯爵や王弟の協力者は、各国にいる。


徐々にそれぞれの国で東大陸へと意識を向かせる計画だ。その始めの一歩があの国の王弟を王にすることだった。


「セシアを捧げたのだぞ……よもや失敗したなどということはっ……」


彼の中で、セシアはもう死んだことになっている。だが、それも全ては人族のためだ。後悔などはない。


彼は生粋の貴族だ。家族よりも国の利を取るし、自身が高みに登るために必要ならば何だって使う。


ギリギリと奥歯を噛み締める。その時、不意に風を感じた。気になって後ろの窓を何気なく振り返る。


人がいた。


「いい夜風よね」

「っ!?」


咄嗟に立ち上がり、ガタンっと椅子をひっくり返して距離を取ろうと机に腰を押し付ける。これ以上下がれないことに焦った。心臓がかつてないほど早鐘を打つ。


開いた窓枠に腰掛け、少女が笑みを浮かべていたのだ。


「だっ! 誰かっ!!」

「あ、大きな声出さないでよ。まあ、出したところでおじさんの味方は来ないけどね〜」

「なっ、なんだとっ!?」


その時、するりと机についていた手に何かが触れた。反射的に飛び上がる。目を向ければ、毒々しい紫色のトカゲが手を這っていた。


「ひぃっ!?」


悲鳴を上げたところで遅かった。チリっと痛みを感じた時には足の力が抜け、体や頭を打ち付けながら床に崩折れる。徐々に体に力が入らなくなってきた。


「ど、毒……っ」


噛み付かれたと理解する。そして、辛うじて出せる声を確認しながら、自由になる目だけをしきりに動かして少女を見た。彼女は無邪気な笑みを浮かべてトカゲを手に這わせていた。


「よくやったね。次も頼むよ」

《っっ〜♪》


トカゲは少女の親指にスリスリと顔を擦り付けてご機嫌を取っているようだ。


「な、何……もの……」


その問いかけを口にしたと同時に、扉が開く音がした。助けが来てくれたかとホッとする。しかし、それは重苦しい装備の音が多かった。


まさかと思った時には、騎士の姿が視界に入った。そして、ゆったりとした足取りでその前に立ったのは自国の王だった。


「っ、お、王……っ!」

「お前にしては珍しく下手を打ったな。いや、お前ではなく教会というべきか……引き際を見誤るとは老いたものよ」

「っ……」


その目を見て理解した。王は、何もかも分かっている。


「国に仕えてくれていると思っていたが、どうやら、いつの間にか教会に忠義が移っていたようではないか」

「そっ、そのような……ことはっ……」


足に力は入らないが、体は少しだけ力が入るようになってきた。弁明するため、上体を少し起こす。


「王よ。誤解です。わたくしの忠誠は王に……っ」

「では、なぜセシアを見殺しにしようとした? 他の協力者は既に吐いたぞ。教会はお前たちに約束したらしいな。あちらの大陸に住まう者達を排した後に、王や重鎮としての立場を与えると」

「っ……」


そう。魔族達を滅ぼした暁には、東の大陸で新たな国を築き、その王となる。大陸には多くの資源や力が眠っているという。それを協力者達で分けるのだ。


「バカだなあ、おじさん。あっちの大陸に渡る算段付けるのにどれだけの時間がかかると思ってるの? その後のこともだけど、おじさん達の夢を叶えるより先に寿命が来るよ?」

「……っ、だが、あちらへ行けば寿命は延びるっ」

「そんなわけないじゃん。あっちの人達は、そういう種族的な進化をしてるだけだよ。何世代もかけて変化していったものなのに、病気かなんかみたいに、行っただけで変わるはずないし」


少女は『なにそれ、怖っ!』と吐き捨てた。


「そ、そんな……っ、教会はそう……現に、寿命が長くなったという者が……」


あちらの大陸に行けば、何十年と寿命が延びる。長く夢を見続けることができる。そう聞かされていたのだ。それを裏付けるように、教会には、東大陸に渡ったという者がいる。その者達は、何年経っても年を取らないように見えた。


「ああ、天翼族の血が混じった人達がいるからね。あれは元々の種族特性だよ? そもそも、ここ百年くらい、あの大陸に渡れた人はいないからね。絶対的な結界が張ってあるんだってさ。転移とかしない限り無理、無理」

「っ……ばかな……」


そんなことは知らない。これは全部嘘だ。そう思うのに、目の前の少女の目は嘘を言っているようには見えなかった。


「それらの証言も取れている。お前が騙されるとはな。教会の方が上手だったか」

「っ、そんなっ……そんなことがっ……」


絶望する侯爵の上に影が落ちた。ゆるゆると頭を上げると、そこにはセシアがいた。


「セっ、セシア!」

「叔父様……」

「っ……」


今まで見たこともない目をしていた。悲しみと侮蔑の混じった目だ。


「わたくしは、いつからか叔父様が怖いと思うようになりました。そう思うことが恥ずかしくて……辛かった……ですが、今ならば分かります。わたくしと対していても、叔父様はどこか違う所を見ていらした。それが嫌だったのです……叔父様に、わたくしを見て欲しかった。幼かった頃のように」

「っ……セシア……」

「お母様からの伝言です『昔のお優しかったお兄様との思い出だけは決して忘れない』と……わたくしも、幼い頃の叔父様との思い出は忘れませんわ」

「っ……っ……」


もうセシアを見ていられなかった。恥ずかしかった。


愛した妹や、姪を道具のように思うようになったのはいつからだろうか。


「お前とはお互いの父の後を継ぐ時に誓い合ったな。『権力を持ったとしても変わらずあろう』と……『家の権威によって子や家族を虐げることはしない』と……何よりも『父のようにはならない』とな。いつの間にか私もその思いが薄れていたかもしれん」

「っ……」


もう何も言えなかった。王の言葉はまだ続いていた。


「これを思い出させてくれたことが、お前の最後の仕事であったとしよう」

「っ、王っ……」

「これまでご苦労だった」

「っ……はい……申し訳ありませんっ……」


王とセシアの去っていく足音を聞きながらも、頭を上げることはできなかった。


全てを失ったのだと理解した。権力も夢も、家族さえも。


「良かったね」


この言葉に顔を上げる。少女は部屋を物色していた。


「なにを……っ」


何も良いことなどないではないかと怒りそうになる。しかし、それよりも先に少女が言葉を続けた。


「だって、なかったことにしてくれるんだよ? 王妃様やセシアさんも昔のおじさんだけ思い出にして、他は全部忘れるってことでしょ? 王様が言ったのも、教会との癒着を公にせずに引退しろってことだよね? ちがう?」

「っ、そんな……」


だが、そうだ。そういうことだ。今もまだ監視のように騎士達は数人立っているが、拘束しようとはしていない。罪に問うのではなく、あくまでも引退。もう全てから手を引けということだ。


「貴族って面倒だよね。裏の意味まで一々読まないといけないんだもん。素直に話せってのよ。腹を割って話せないから、こういうややこしいことになるんじゃない。ほんと、貴族ってバカ」

「……」


騎士達は苦笑しながら少女の言葉を聞いている。確かにそうだ。一つの言葉を聞いても、裏を読まねばと考える。それが疑心を呼び、一人で考え続けることで、安心を求めてあり得ない夢を持ち、権力に縋り、傲慢になっていく。


上に立てば頭を押し付けるだけで良い。裏読みをして疑心暗鬼になったとしても、それを潰せばよくなる。だから上に行きたい。上に立ちたい。


貴族とは、なんて滑稽な生き物だろう。


「外れられて良かったね」

「……そうだな……」


必死に守っていた立場は、これほどまでに苦しい場所だったのかと降りて初めて分かった。


そこへ次に立たねばならない息子を想う。許されるのなら、彼を一人で立たせることがないように。手の届く場所で見守ってやりたい。


今度こそ、間違えぬように。


読んでくださりありがとうございます◎

一週空きます。

よろしくお願いします◎

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