024 記憶を胸に
2016. 9. 22
ラクトには、ずっと誰にも言えない秘密があった。
生まれて一人で歩けるようになる頃。自分が何者なのかを思い出した。それは前世の記憶。ラクトバル・ハークスという人に生まれる前の記憶だ。
かつての名は『ランドクィール』。だが、その名を呼ぶのは近しい臣下と身内だけだった。他の者は皆こう呼んだーー魔王と。
ラクトは先ず、自分の置かれている状況を把握する事からはじめた。
ここは忌々しいとさえ思っていた人族の大陸で、中央にある大国の幹部の家だ。
「お前はハークス家の長男だ。何でも出来なくてはならないし、他の貴族達よりも優れていなくてはならない」
これが口癖の両親と、そんな両親に叩かれながら、下を向いてせこせこ働く人々が暮らす家。
はっきり言って滑稽な生き物に見えた。そうして三つになったラクトは、ふと家族について考えるようになった。そして思ったのは、喪ったかつての臣下達の事だった。
「……あいつらをちゃんと、とむらってやれなかったな……」
勇者だとかいう者達が国へ乗り込んで来て、多くの同胞が殺されたのだ。
悔しさを噛み締め、死んでしまいたい衝動にかられると浮かんでくるのが、大切な少女の笑顔。
「くそっ……すまないっ……ファルナ……っ」
シールス大陸からやってきた聖女。血縁からも、同胞からも見捨てられ、小さな小舟に括られてやってきた。
絶望を知ってなお、明るく笑っていた少女ファルナ。賢く、魔術の才もずば抜けていた。そうして、ラクトを庇って死んだ愛しい娘。
「……『誓い』をまもれなかったな……」
養女として迎え、家族となった時、ファルナに誓った言葉を今でも忘れてはいない。
『ずっとそばで、一緒に生きて平和な国での暮らしを約束する』
そう言えば、ファルナは花が咲いたようにふわりと笑った。
その笑顔を守れなかった。誓いを守れなかった事が悔やまれてならない。
「ぜったいにみつける」
魂は再び世界へと戻ってくる。例え記憶がなくとも、その魂の色と拍動は変わらないのだから。
今度こそ、その誓いを果たす為、少女を見つけようと思った。
そうして世界へと吐き出した息が散っていくように感覚を広げる。このシールス大陸から、海を隔てた向こうまでは届かなくてもいい。この大陸に、もしかしたらあの子がいるかもしれない。そう願ったその時、感じたのだ。
「っ……これはっ、バルトロークとノバ……っ?」
名を口にしたら、居ても立っても居られなくなった。まだ夜明けには時間がある。そう判断すれば、もう体が動いていた。
機転も利くラクトは、反射的に部屋へ人払いの結界を張った。これで昼まで不在を誤魔化せる。そうして、ラクトはベランダへ飛び出した。
この時間の見回りの位置は、ここ数年で把握済みだ。まず見つかる事はない。
ベランダから風の魔術で屋根に上ると、大きな黒い炎を纏った鳥を召喚する。これは、魔族の大陸に古くからいる魔獣だ。ラクトは前世で多くの魔獣達と契約を交わしていた。
「ひさしぶりだ。『黒霧』。のせてくれ」
契約は魂に刻まれたままだ。その目で了承の意を感じ取ると、ラクトは黒霧の背中に飛び乗る。
敵とする者には、その黒い炎が触れる事も許さない。しかし、契約を結んでいるラクトが触れる感覚は、ふわりと撫でる羽毛のそれでしかなかった。
そして、難なく王都までやってきたのだが、その後の再会は少々苦いものだった。
「やはり、おぼえておらんのか……」
当然のように、バルトロークもノバも前世の記憶を持ってはいなかった。
かつての近衛騎士だったバルトロークは、バルドという名で国の騎士になっていた。
宰相補佐だったノバは、薬師としての修行中だという。
この時、バルド達は十八才。ラクトとは十五も違う。正体不明な三歳児の言葉を聞きはしなかった。
だが、ラクトは諦めなかった。しつこく、毎日のように会いに来ては、関わりを持とうとしたのだ。その甲斐あって、再会してから三ヶ月もすれば、奇妙な友情も芽生えていた。
「バルトローク、ノバっ、あそべ〜っ」
「また来たのか? 親に心配かけんなよ?」
「もんだいない。あれらはいないことにさえきづかぬからなっ。ほれ、ノバ。このまえのこたえだ。つぎはわたしのばんだぞ」
「くっ、もう解いただとっ? まて……この問題は確か……」
二人に出会ってから、ラクトは前向きに考える事にした。昔の記憶がないのは仕方がない。ならば、一から関係を築けばいい。
ラクトは二人のそばにいたいのだ。
懐かしい気配と、かつていた場所と同じ穏やかな空気。それが、再びラクトのそばにあった。
ラクトには、空間転移という特別な能力がある。それは、どれだけ離れた場所であっても、瞬時に移動できるというものだ。しかし、一度ラクトが行ったことのある場所だけに限られる。
こればかりは、前世で行ったからということが出来なかった。一度、大陸へ飛ぼうとしたのだが、能力が発動しなかったのだ。
だが、一度足を運べばいいのだから、特に問題はない。そうして、ラクトは時間を見つけては王都のバルド達の所へ来ていた。
「そうだ、ラクト。明日からひと月くらい出かけるからな。ここへ来てもいないぞ」
「どこへいくんだ?」
「隣のハルスールだ。会合があってな」
「そうか。だがさみしいだろうから、あいにいってやろう。ほかのくにもみてみたいからな」
「お、おう? ま、まぁ、すきにしろ」
「そうしよう」
この時、バルドは思っていた。会合には、バルドが護衛する王だけでなく、侯爵や他の貴族達も数名参加する。ラクトはその貴族の中の子息だろうと。
「くそっ、これは計算が違うのか?」
「ノバは、まだじかんがかかりそうだな」
「そのようだな……」
三歳児に勝ち誇られる青年というのは、実態を知らなければ情けない。しかし、この頃には、バルドもノークも、ラクトが普通の三歳児ではない事は理解していた。
二人とも両親はなく、努力と実力で生きてきた。だからこそ、三歳児だからとバカにしたりはしない。それに、貴族の子息ならば、英才教育を受けているのではないかとも思っていたようだ。
何はともあれ、二人は気味悪がる事もなくラクトと付き合っていたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
お兄ちゃんの過去。
万能なのかもしれませんが、前世の事を自分だけ覚えているのは寂しいでしょうね。
それでも、そばにいたい人達みたいです。
では次回、また明日です。
よろしくお願いします◎