235 頼りになりそうです
2019. 5. 13
ファナはコツコツと足音の鳴る長い廊下を騎士の後について歩いていた。
実は既にこの城の構造は把握できていた。だから、今向かっているのがどこかもなんとなく予想できる。
「謁見の間じゃないんだね」
「あ、はい。王の私室の方にご案内することになっております」
結構奥に来たなと思っていたが、まさか私室とは思わない。
「いいの? こう言うのは何だけど、私ってば魔女だよ? 強い守りの術のある謁見の間の方が良くない?」
謁見の間には大抵、大きな魔術が使えないようにとか、安全に逃げるための隠し通路があると、色々仕掛けがあるものだ。とはいえ、ファナには全く意味のないものが多いが。
何より、謁見する者と王との距離が取れる。これは結構重要だと師匠から聞いていた。
魔女とは得体のしれないものだ。そんな者を私室に招くなど、普通は自殺行為にも等しい愚行だと思われるだろう。
「いえ。魔女様ならば、どこに居ようと城ごとどうにかできましょう。余計なものは抜きにしてお話しがしたいと王はお考えです」
「へえ……ここの王様ってさっきいた王様より年上?」
「はい」
「おじいちゃん?」
「おじ……」
これは言いづらかったかなと、言い淀む騎士の背中を見つめること数秒。しかし、ちゃんと言葉が返ってきた。
「王太子殿下が私とそれほど年が変わりません」
「王様だし、結婚は早いよね。なら、うん。おじいちゃんだね」
「魔女様はそういう方がいらっしゃるのですか?」
中々口の上手い騎士だ。
「いないんじゃないかな? 会ったことはないんだ。けど、後見人はおじいちゃんな人だよ」
「魔女様の後見人ですか……色々と難しそうですね」
「大丈夫。面倒なことは全部兄さんがどうにかするしね」
「お兄様がいらっしゃるのですか?」
別に隠しているわけでもないので、こちらの情報を開示していく。その方が彼らも警戒しなくて済むだろう。
十分にもう心を許していそうだが。
「いるよ〜。すっごい過保護なのが。今だって留守番せずにあの山まで来てるっぽいし」
「あの山……っ、ドラゴン様のところに?」
「うん。後で合流してちゃんと回収してくから心配しないで」
「え、ええ、はい……」
そこで目的の部屋に着いた。
「こちらです。陛下、魔女様をお連れしました」
中から部屋の扉が押し開かれた。
開いたのはさすがにその人ではなかったのだが、扉が開いたと当時にこちらへ歩み寄ってきた七十近い男性がいた。
「ようこそ『救世の魔女』殿」
「こんにちは。王様」
形式張ったものは必要ないはずだ。なので、とても気安い様子で挨拶をする。
ファナは一応は貴族の令嬢だ。礼儀作法は一通り分かっている。正式な挨拶の仕方もできなくはないのだ。それでも今は魔女としてここにいるのだからこれでいいだろう。
王も気にした様子はなかった。寧ろ嬉しそうに破顔していた。
「このような可愛らしい方だったとは思わず、驚きました」
「もっと魔女っぽいの想像してた?」
「ええ。若い魔女様とは聞いておりましたが、ここまでとは」
「だよね〜。格好もそれっぽいのにすれば良かったね」
「お気遣いは無用ですよ」
笑いながら、王は部屋の中央にあるテーブルへ案内してくれた。従者がお茶を淹れ始める。
「先ずは、数年前。毒に侵された民達を救っていただいたこと。お礼申し上げます」
王は椅子に腰掛ける前に深く頭を下げた。
「お礼なんていいよ。私がやりたくてやったんだもん。それに、解毒薬作るの楽しかったし」
「それでもお救いいただいたことには変わりありません」
「ふふ。そういうところ、王様だなって思うよ。でも本当に気にしなくていい。魔女はやりたいことを好きにやるの。誰の指示にも従わない。お願いだって聞く時と聞かない時がある。要は気分次第なの」
どれだけ懇願されてもやりたくないことはやらない。面白そうだと思ったら頼まれなくてもやる。それが魔女だ。
「王様が感謝すべきなのは、私じゃないよ。それ分かってる?」
この国で、この国の王が最も感謝を示さなくてはならない存在。それを理解しているかどうか。そこはファナにとって重要だった。この答えでファナはこの王に対する態度も変わる。
彼は幸いなことに間違えなかった。
「はい……ドラゴン様ですね」
「そう。クリスタね」
「クリスタ様とおっしゃるのですか」
「うん。私が付けたんだ。名前なかったから」
「名付け親でいらっしゃる……」
これだけで、王も理解した。クリスタへの対応を間違えれば、ファナが敵に回るのだということを。寧ろ、それをファナが案に示してみせたのだ。
これを王は正確に読み取った。
「恥ずかしながら、クリスタ様が本当にいらっしゃるということを私は知りませんでした」
「それは仕方ないよ。クリスタは人に怯えられるのが嫌で、絶対に姿を見せないようにしてたし、毒霧のあるあの山に行くことなんて、そうそうできることじゃないもん」
ファナやラクトには容易い。けれど、それが普通にできるかといえば、方法を教えられたとしてもできる者は限られるだろう。
だが、王は静かに首を横に振った。
「いいえ……それが例え困難であっても、国を守ってくださっていた方にご挨拶もないというのは不義理なことです」
これが心から彼が思っていることだというのは、表情などでファナは感じとっていた。真面目な人らしい。そして、王としてとても強い責任感を持っている。
「クリスタ様の存在を示唆されてはおりました。けれど、良い方だということではなかった……それを鵜呑みにし、関わりを持とうと思わなかったのは事実です」
「それって、教会から言われた?」
「はい……今思えば、教会はクリスタ様の存在をどうにかしようとしていたのだと思います」
「教会のこと、気になってる?」
「はい。今回のことで調べさせました」
王は真剣な顔でその報告を始めた。
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