230 惚れたみたいです
2019. 3. 4
ファナが男の屋敷に向かっている頃。ラクト達はクリスタの棲む山の山頂に到着していた。
黒霧から飛び降りたラクトとバルドは、不思議な光景を目にして動きを止める。
「な、何をしているんだ……?」
奥にあるのは崩れた土魔術でできた牢。おそらくそこに入っていたのは、四人の男達だ。
彼らは、牢から出ており、広めのテーブルについて涙ながらに向かいに座る扇情的な姿の女性に訴えている。
女性は慈愛に満ちた表情で相槌を打ち、言葉をかける。それに更に男たちが情緒不安定になっていく。
彼女の手元には、小さくなったドランがおり、眠っている。少し離れたところでは、シルヴァがぐったりと寝転んでいた。
シルヴァはのそりとそこから立ち上がり、ラクト達の方へ向かってくる。
《どうやら、兄殿は予想通り堪え性がなかったようだな》
「っ……」
早速チクリと刺された。
《気にされるな。主が来られる可能性があると、ここに我を置いていかれたのだ》
「……」
これも微妙に責めている。クリスタだけにこの場を預けるわけにもいかなかったという理由もあるのだが、それをラクトが察せられるはずもなかった。
疲れていることもあり、シルヴァは少しだけ機嫌も悪かったのだ。
「そ、それで……彼らは誰だ?」
《教会の者と王弟だ》
「王弟……なるほど、王女の嫁いだ国のだな」
《うむ。侯爵と繋がっていたやつだ》
セシア王女が嫁いだ国の王弟。切れ者とあの王に言わしめた者かと目を細める。一人だけ黒い服を着ているので分かりやすかった。
「ところで、あの女性は…….?」
気になっていたらしいバルドが、女性に見惚れながらシルヴァへ問いかける。
《あれはクリスタだ》
「「……は?」」
これにはラクトも驚きの声をあげる。
《人化の技が使えるらしくてな。我もできるようになれと主に言われたのだ……》
シルヴァが置いていかれた本当の理由がそれだ。人化できるようになれとのことだ。
はっきりいって、同じ魂を持つクリスタとシルヴァは情報を共有もできる。人化の術はすぐに覚えられたが、慣れるかどうかは個々による。
だいたい、二本足で歩くというのがシルヴァには難しすぎた。
《そうだ兄殿。歩き方を見せてくれ》
「は? 別にいいが……」
人がどうやって歩いているかなんて考えない。バランスと感覚。それは分かっているが、実際に注意して見ると違う。どう関節が動き、筋肉を動かすか。上体のバランス。それらをシルヴァは確認した。
《うむ。なるほど……こうだな》
光を纏った後、ポンっと弾ける音をさせてシルヴァは、ラクトより少々若い二十歳頃の青年の姿を取る。長髪で白銀の固そうな髪が印象的の美青年だ。
「「……」」
驚きに目を瞠る二人を気にすることなく、シルヴァはぎこちなく歩き出す。しかし、次第に慣れからか普通に歩くようになった。
《これで主殿に笑われずに済む》
視線もかなり上の方になったので、シルヴァは楽しそうだ。
そんなシルヴァを静かに見つめていたラクトとは別に、バルドはクリスタへ視線を戻していた。ようやくあれがクリスタなのだと納得すると、涙を流す男たちを確認した。
「……な、なあ、彼らはなんで泣いてるんだ?」
《ん? ああ、懺悔中だ。クリスタは昔、ああして小さな教会をいくつか乗っ取ったらしい》
「……話し合いでか?」
《うむ。あんな感じでな》
教会の者たちだけでなく、王弟もテーブルの上で手を組んでいる。その様は、クリスタを神と崇めているようにも見えた。
「実に平和的な解決だな。そのまま大陸中の教会を制圧してくれないか?」
《言っておこう》
クリスタは人が好きで、人と関わるのが好きだった。だからこそ、魔女から教えられた人化の術は、クリスタにとって素晴らしい福音だったのだ。
そうして人里へ降りるようになると、教会がクリスタを良いものとは思っていないということを知った。寧ろ、排除しようとする傾向があるようだった。
だからこそ、クリスタは時折人化して人里に降り、人々の意識を変えられればと思っていたのだ。彼女はいち早く、教会と事を構えていた。
《主もあの姿を見て納得しておった。黒の女神と魔女の話は聞いていたからな》
「っ、そうか、あれがクリスタのことか」
《そうだろうということだ。まだ本人には確認していないが》
いくつかの小さな教会や村では、クリスタを女神と密かに崇めている。
そして、恐らく人化の術を教えていた時なのだろう。小さな村を救う『黒の女神と魔女』のおとぎ話は、誰でも一度は聞いたことがある。
「黒の女神か……確かにあれは女神だ……」
「……バルド?」
ラクトが不思議そうに声をかけると、バルドは正気付き、慌てて手を振る。
「い、いやいやいやっ。少し見惚れていたというか何というかっ。き、綺麗な人だからなっ。あんな美人は中々見られないしっ」
「……そうだな……」
《なるほどな……》
「な、なんだよっ。見惚れてはいたが、惚れたとかじゃないぞ! 本来のあの圧倒される姿との違いがなんとも……いやっ、芯の強い女性なのだろうなとっ……何を言ってるんだ俺は!」
一人で混乱していた。
「まあ、なんだ……いいと思うぞ」
《我も構わんと思うぞ》
「……へ?」
好きになる相手が何者であろうと特に思うところはない。シルヴァとラクトは気にしていなかった。
バルドの思考が停止したところで、ふと何かを感じてラクトとシルヴァは顔を見合わせる。
「ん? 今何か……」
《うむ。主だ。これは何を……》
「どうした?」
分からないのはバルドだけ。
そして、唐突に魔法陣が地面に浮かび上がった。
「これはっ?」
《転送だ》
その魔法陣の中に現れたのはラクトとあまり変わらない年齢の男。
《む……教会のそれなりの地位にいる者らしい。今回の計画も知っている人物だとのことだ。それと……》
「ああ。天翼族の血が入っているな……オズライルは自分以外にはこの大陸にはいないと言っていたが……まあ、これから色々聞かせてもらおう」
「ひっ」
ある意味ファナよりも凶悪な笑みを見せるラクトに、男は声を失うのだった。
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