023 不審人物?
2016. 9. 20
ラクトがいなくなったと気付いていたのは、オズライルとシルヴァだけだったようだ。
「彼なら、ファナちゃんが帰らないって言ってすぐにここを飛び出していったよ?」
《うむ。しかし、我にはかき消えたように感じたのだが……》
「そうなんだよね……あの若様は不思議な子でねぇ」
オズライルは目を上に向けて首を傾げた。
「今日だって、突然現れたんだよ。昨日、王都で貴族の若いのが集まって舞踏会があったはずなんだけどね。格好からしても参加してきたっぽいのに、今朝にはここに到着してファナちゃんはまだかって。キサコさんから連絡がいったみたいでね」
「王都から……」
「どういうこと?」
ファナには皆が何に驚いているのかが、いまいち分からなかった。しかし、ふと目に入った地図を見て気付く。
「あっ、え⁉︎ 王都って……ここから……イクシュバがここだよね⁉︎」
「そういうこと。キサコさんぐらいしか、そんな移動を可能にする技を持ってないと思うんだけどね」
「……シルヴァの最速でも単純な目測で一日半くらいなんじゃ……」
シルヴァの足に追い付ける存在など、この大陸にはいないはずだ。馬を乗り潰して夜通し駆けたとしても、王都からここまでの十分の一も進まないだろう。
それを、舞踏会が行われる夜から数時間でここにたどり着くなど不可能だった。
「舞踏会をブッチして来たとしても、ハークス領は王都の向こうだからね。馬でも一週間は見ておかないとって距離なんだ」
例えそうであったとしても、ラクトの格好は、思い出してみればかなり派手だった。あれは舞踏会仕様だろう。ファナは蹴り飛ばした後しか見ていないので分からなかったが、頭もしっかりとそれ用にセットされていたらしい。
となれば、わざわざ出もしない舞踏会の服できっちりとキメてファナを待っていた事になる。それはそれでありそうだが、意味が分からない。
「あの、マスター。俺、ずっと気になってた事があるんですが……」
「若君について?」
バルドは頷きながら、確信はないがと、不安そうに口を開いた。
「あいつ、三つの時に一人で王都の俺らの所まで毎日遊びに来てたんです……」
「……え?」
さすがのオズライルも何を言っているのかと不審顔だ。
しかし、バルドは悪い夢でも見たように顔を少々青くしながら続けた。
「まだそん時は、ラクトがハークス家の坊ちゃんだとは知らなくて、近くの貴族の子息くらいにしか思ってなかったんですが……」
「……なんでそこで妙だと気付かないの?」
「えぇ、まぁ……気味は悪かったんですが、頭も良いし、でも子ども特有の無邪気さもあって……」
「騙されてたんだね……でも、ゴメン……僕も思い当たるかも……」
二人揃って肩を落とし、青くなった。
《何やら、正体不明だな》
「う〜ん……私が覚えてるのは、わけのわかんない前世の話かな」
腕を組み、指を顎に当ててそう言ったファナに、バルドがはっとして身を乗り出した。
「っ、そう、そうだよ! あいつ、初めて会った時に『やっと見つけたぞっ! お前達!』って俺らに抱き付いてきたんだ」
「もしかして、なんか知らない名前を呼ばれて?」
「あぁ」
《ほぉ、前世か……魔女殿が、稀にいると言っていたがな》
「そうなのっ?」
シルヴァはなんてことないように言った。
「けど、前世だぜ? それもあいつ……自分を魔族の大陸の王だと言ってたんだが……」
《力のある者は、記憶を魂にも刻むという。我や金の、黒のがそうだ。悠久の記憶を魂に刻み付け、再び我として再生される》
「そっか、シルヴァとか、他の二匹の魔獣は、親が存在しないんだよね。肉体がダメになってきたら、一度消えて、再生するんだっけ」
大陸の三大魔獣は、創生から存在する魔獣だという。そうして、肉体が歳をとれば、一度世界へと吸収され、再び魂を元にして再生されるというのだ。
《うむ。多くの世界を見て回って来られた魔女殿でも、我らの存在は不思議がっておられた。そこで言っておられたのだ。人も、前世として、生を終えた次の生で、記憶を持ったまま生まれる者があるのだとな》
「あの人がそうだって言うの?」
《それは分からぬが、あり得ぬ事ではなかろう。少なくとも、魔女殿はこの世界で、一人見つけたと言っておられたからな》
「そうなの?」
魔女は面白い者がいたと喜んでいたという。
《案外間違いではないかもしれん。あちらの大陸のかつての王だと聞いた。それと、その王は時と空間を操る珍しい力を持っているともな》
「時と空間ですか……そんな事が書いてある文献がありましたねぇ。『一瞬で大陸の端から端へと移動する力』でしたか」
「なら……本当にラクトのやつ……」
全てが確信に変わろうとしたその時、不意に扉の方からカチャカチャと金属の当たる音が聞こえた。不審に思って全員が顔を向けた瞬間、その人は満面の笑みを浮かべて飛び込んで来た。
「ファナっ!!」
「へっ?」
鍵が掛かっていたはずの扉を大きく開け放ち、入って来たのは、間違いなくラクトだった。
「あれ? 君、鍵は?」
オズライルがおかしいなと立ち上がって尋ねる。すると、ラクトは一本の細いハリガネを自慢気に見せ、腰に手を当てて言いのけた。
「開けたに決まっている。久し振りに骨の折れる高度な鍵だったな。しかし、私にかかればこれくらい問題にはならん」
「……誰? 教えたの……」
「スンマセン……」
君なんじゃないのかとオズライルがバルドに言った。どうやら当たりだったようだ。バルドは頭を抱えている。
「そんな事はどうでも良いっ。ファナっ
。さぁ、家に帰ろう。心配いらないよ。今さっき、私が家督を継いだからね。あの愚かな親達は田舎に引っ込んでもらう」
「……何言ってんの? ねぇ、バルド。あの人、今なんて言った?」
「俺には家督を継いだと聞こえたな……それも今さっきと……」
「まだまだ侯爵は現役だったでしょ? 息子に大人しく明け渡すような性格でもないよ?」
全く意味が分からないと、ファナ達は揃って首を傾げた。しかし、言っている本人は自信満々だ。もう、どこからくるんだその自信はと言いたくなる程偉そうだった。
「退かぬならば退かすまで。ファナの為ならば、この大陸を統べる王にだってなってやるぞっ」
「……」
《なにやら、まさしく王らしいと思える傲慢さだな。やはり間違いないかもしれ
ん》
「マジかよ……」
それは、もはや思違いで済まされないのではないかと思わされる瞬間だった。
読んでくださりありがとうございます◎
まさかの王様?
前世の記憶があるらしいお兄ちゃん。
どう付き合っていけば……。
では次回、一日空けて22日です。
よろしくお願いします◎