229 良い情報を期待しています
2019. 2. 18
教会の者だというその人は、ファナの予想よりも若い見た目をしていた。精々二十代後半という青年にしか見えない。
これでは、それほど情報は持っていないだろうと少しだけ残念に思っていたのだが、不意に感じ取った雰囲気に違和感を覚えた。
同じような魔力の気配をファナは知っていた。
「お兄さん……もしかして、お兄さんじゃない?」
「何を言って……っ」
ファナの言葉に、意味が分からないと返し終えてから、青年は何に気付かれたのかを察して息を止めた。
「やっぱりね〜。下っ端じゃあまり意味がないなって思ってたんだけど『お兄さん』なら詳しいことも知ってそうだね〜」
「っ、私が素直の話すと思うのかい?」
「え? うん。だって、このおじさんも素直になったもん。大丈夫だと思わない? わたし、魔女だよ?」
「はは、どんな術を使ったと……っ、本当に何を……?」
ファナの後ろで、口を閉じて突っ立っている貴族の男を見て焦り出す。
どう考えても、男が青年を裏切るはずがなかったのだろう。それなのに、警戒していた魔女を招き入れた。それも、今現在の様子から見ると操られているのか、虚ろな目をしているのだ。
ファナは青年が貴族の男を気にしているのを見て、案内してくれた執事へ伝える。
「この人、部屋で休ませてやってくれる? もう部屋で寝なよ」
「承知しました」
「っっ……」
執事は最後まで奇妙に思うこともなく、自室に向かって歩き始めた男を追って行った。
「あれ、いいのか? 執事が後で叱られたりとか……」
テリアは、男の心配よりも執事の方が気になったようだ。
男は一応だが意識がある。だから、この後に執事がなぜ自分の異変に気付かなかったのかと責められないか心配しているのだ。
「大丈夫。寝たら一日分の記憶消えるから」
「一日分?」
「そう。だいたい一日ってところだけどね。わたし達に会ったことも次に起きたら覚えてないよ」
「……恐ろしい薬だな……」
ファナが作り上げた自白剤は、自白したという事実を忘れる。情報だけ引き出すために作り出したものだ。
「素直に喋っちゃったってことで暗殺者とか矜恃の高い人って、後で自殺しちゃうんだよね〜。こっちは情報が欲しいだけなのに、死なれたら後味悪いじゃん。そこで開発したのよ。すごいでしょぉ」
師匠である魔女の持つ多くの蔵書や経験談から、ファナはたくさんの知識を得た。そこで、自白剤を使った後には死なれてしまうというパターンを見て思ったのだ。
『死ぬ事ないじゃん』
これに師匠は笑っていた。
『そこまで自身を追い詰められるやつだからこそ、口が固いんだよ。口が固いから良い情報を持っているのさ。仕方ないさね』
これはお約束。口の固い奴は重要な情報を任せられている。その重要な情報を喋ってしまったら自害できるほど、思い詰めることができる者だから任せられる情報があるのだと。
けれどファナは思っていたのだ。
『そんな優秀な人なら、再利用したいな』
生かしておけば、また良い情報をそいつから得られる機会があるかもしれない。
だから作ったのだ。情報をもらった後、そうやって情報を漏らしたという事実を忘れさせてしまえば良い。漏らしたという自覚がなければ、ボロも出さないだろう。ならば、そのまま巣へ帰してあげることができる。
そしてまた良い情報を持った頃に拐えばいい。
「まあ、今回は目撃者が多いからね〜。あのおじさんが再利用できるとは思えないし、これ以上良い情報源になりそうにないから意味ないけど……『お兄さん』は良さそうだな〜……ただの下っ端じゃないもんね?」
「っ……!」
ファナは最高の獲物が逃げられないように威圧する。見た目に騙されないと注意しながら。
「あのおじさんよりもかなり年上だよね? 魔女ってことで驚いてたところを見ると……師匠の破茶滅茶したのもちゃんと知ってるんでしょ? ただの言い伝えでじゃなくて、リアルタイムで知ってるんじゃない?」
「っ……どうして……っ」
彼は、年相応の落ち着きを取り戻していた。冷静だ。いつ、どうやって逃げ出そうかと今でも注意深く機会を伺っているのがわかる。
「なんで知ってるのかって聞きたいの?」
「そう……ですね……お聞きしたいです」
見た目通りの青年を彼は演じてきたのだろう。それが今取り払われていた。
「『お兄さん』さあ、わたしの後見人で、師匠が伝説をいっぱい作った何十年も前のことを知ってる人の気配によく似てるんだよ」
「あなたの後見人……お兄様ではなくですか」
「あ、兄さんのこともちゃんと調べ済みなんだね。そうだよ。兄さんじゃない。あれはもっと特別だもん。そうじゃない」
「っ……」
ファナは目を細めて答える。その瞳に少々剣呑なものが混じってしまったのは仕方がない。どうしようもなく鬱陶しい兄だが、特別なものは特別なのだ。一緒にするなというものと、ファナ達のことを調査していたことへの非難が表れてしまった。
「混じってるんだね。天翼族だっけ? 天から降りなくてはならなくなった古代種の血が」
知っていると思った。オズライルと同じだ。その血は長寿を約束する。
今目の前にいるのは『青年に見える』だけだ。本当の年齢はおそらく百は下らない。
魔女と叫んだ時の驚愕の表情には、明らかな恐怖心が感じられた。見つかってしまったというものではなく。とんでもない化け物に出会ってしまったというものだったのだから。
「……そこまでご存知ですか……ならば、我らの目的も……」
「ううん。それが分かんないから教えてもらおうと思って来たの。兄さんが警戒する教会の実態をちゃんと知っておこうと思ってね。良かったよ。事情に詳しそうな人みたいで」
「……」
その目にはまだ迷いがあるようだった。この場をどう逃げるべきか。それを必死で考えているのがファナにはわかった。だから退路を塞ぐ。
「逃げられるなんて思わないで。もういい加減チョロチョロされるの鬱陶しいんだ」
「なっ」
ファナは男の足元に魔術を発動させる。拘束と転移の術だ。
「シルヴァ、受け取ってね」
その言葉と同時に一気に光が男を呑み込み、そのまま彼の姿を消した。
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