228 計画通りです
2019. 2. 4
針金のように細い貴族の男は、必死に抵抗していた。しかし、体は自分のものではないように意思を無視して動く。
「な、なんでっ」
更には、先ほどまで偽りを口にすることが出来ないという体験をした。その感覚はまだ消えていない。
カタカタと体は恐怖で震えているのに、争おうとすることによって汗が吹き出てくる。だが、休むことすらできなかったのだ。
「……さっきから周りの人が全くこちらを見ないんだが……何かしたのか?」
男の後ろをついていくファナに、その更に二歩ほど後ろを歩くテリアが問いかける。
「ん? うん。だってこれって目立つでしょ?」
「……そうだな……」
周りが見たら、さぞ奇異の目で見られたことだろう。
先頭を行くのは明らかに高位の貴族の男。その後ろに付き従うのが、散歩中と言わんばかりにリラックスした様子の魔女っ子スタイルのファナ。そして、その後ろに護衛ですという兵士姿のテリア。
謎すぎる。
その上、今いるのは城を出た町の中だ。絶対に歩いて屋敷に帰ったことなどないだろう貴族の男が先頭を歩いている。
男は思うように体が動かずに強張った顔をしているし、病人のように顔色が悪い。通報されるレベルだ。
「なんで馬車を使わないんだ?」
「御者にまで薬使うのもったいないじゃん。それに、多分この人、それなりの地位にいる人でしょ? 屋敷って城からそんなに離れてないんじゃないかなって」
歩ける距離かなと思ったのだ。これはあくまでファナの予想であり、正しいかどうかは別だった。
何より、ファナが馬車を使わなかった理由は、それが一番ではない。
「あとね。あの狭い馬車の中で、あんなおじさんの顔見ながらとかイヤじゃん」
「……」
ファナは正直だった。テリアも言われて想像し、自分も嫌だなと思ったので文句は言えない。
「薬の効き目のテストも兼ねてるしね」
「それが本音か……」
「その通りっ」
どこまでの強制力を発揮するか。それをファナは今実験中なのだ。
幸いなことに、ファナが予想した通り、男の屋敷は城からそれほど離れていなかった。時間にして恐らく十分ほどだろう。
馬車を動かした方がある意味手間な距離だ。
「うわぁ……悪趣味」
「大きいな……」
いかにもお金がかかっていそうな豪華な屋敷だった。
広大な庭を両脇に見て、屋敷のある場所までの通路を歩く。馬車が三台並べられる幅があるのはさすがは貴族の屋敷だ。
因みにファナの生家の通路はこれよりもう少しだけ幅が狭い。二台すれ違えられる程度だ。あまり変わらないかもしれない。
屋敷の玄関に着くと、家令らしき初老の男性が出てきた。驚いた顔で主人である男を見る。
「だ、旦那様……ご気分が悪いのですか? 馬車は……」
男は、これ幸いと彼に手を差し出す。まるで助けてくれと懇願するように手が震えていた。
その手が家令の袖に届く前に、ファナが口を挟んだ。
「この人のお客って今どうしてる?」
「……どちら様でいらっしゃいますか?」
貴族の男を押しのけ、家令の前に立つ。
「魔女の弟子って言ったら一番わかりやすいかな」
「ま、魔女様でしたかっ。もしや、旦那様の治療のために?」
振り返れば、顔色の悪い男。なるほど、その捉え方は都合が良い。
「薬の経過観察中なの。それで、私が会いたい人が、ここにお客として来てるって聞いたんだけど、居るかな? イドとか言うらしいんだけど」
経過観察中なのも、会いたいと思った人であるのも嘘ではない。
家令の男には、正しくそれがファナの真意だと伝わったらしい。男は反対したいが、先ほどから口が開かなくなっているのでどうにもならない。
「いらっしゃいます。ご案内いたしましょう」
「ありがと」
屋敷に招き入れられ、家令に案内されながら進む。
「旦那様は大丈夫でしょうか」
「平気平気。すぐに元に戻せるから心配しないで」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
全く違和感のない会話をしながら進むファナの後ろでは、先ほどまでの立ち位置を交換した貴族の男。
そろそろ諦めたらしく、目が死にかけているが気にしない。
「こちらにいらっしゃいます。失礼いたします。旦那様がお帰りになりました。それと、お客様でございます」
扉が開けられる。中に居たのは青年だった。物腰柔らかで穏やかな容姿。彼は礼儀正しく立ち上がり、正面からファナ達を見た。
「客ですか……っ!? ま、魔女!」
「やっほー。お話、聞かせてくれるよね?」
「っ!? こ、これは……っ」
明らかにマズイという顔をしている青年に、ファナはとびっきりの笑顔を振りまいた。
その目は捕食者の輝きを宿していたのだった。
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次回、18日です。
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