226 魔女様なので
2019. 1. 7
ファナは失礼な侵入者に目を向ける。それは神経質そうな針金のような細く長い男だった。
それを確認した途端、ファナの興味は一気に失われた。
「なあんだ……」
デップリ太ったお金好きの無能な貴族というのが、こういう時の定番だろうと期待していたのだ。
「おおっ、これはこれは魔女様っ。わたくしはこの国の……」
これはお約束なんだなと思いながら、ファナは彼の口上を無視して後ろから来たテリアへ声をかける。
「テリア、薬飲ませるの手伝ってくれない?」
「え、あ、わかった」
さすがに寝たままの体勢の大の大人の男に薬を、ファナ一人で飲ませるのは難しい。テリアに手を借り、上体を起こしてもらう。
その間、侵入者の男は一瞬呆然とした後、再び口を開いた。
「なんとっ、魔女様の作られた薬ならばもう安心ですなっ。いやはや、お若いのに素晴らし……っ」
「ねぇ、テリア。あの人誰?」
「いや、俺も突然来られたから……」
またもや男の言葉をぶった斬って、ファナはテリアへと尋ねた。この時、薄っすらと意識を保っていた王は、何とか薬を飲み込んでいた。
大柄の王の背をテリアとファナで支えるのは大変だ。そこに、侵入者の男とファナ達を見比べながらやって来た騎士がファナへと申し訳なさそうに声をかける。
「あの……何かお手伝いいたしましょうか」
「うん。なら、あの人追い出してくれる? 煩いんだよね」
「なっ」
男は煩いと言われたのが自分のことだと気付き、顔を赤くする。
「なっ、わ、わたしはこの国の財務を預かるっ……」
「だから煩いって。大人しくお金の計算してればいいのに、何をノコノコ部屋から出て来てんの? 籠ってなよ。口より手を動かすお仕事でしょうが。大好きなお金と数字とにらめっこしてなさいよ」
「っ……」
顔をしかめて、ファナは全面に迷惑を表す。それが男を煽ると分かっていてやっているのだ。
怒りで震え出す男を、騎士が必死で宥めにかかっていた。
「その、魔女様は治療の真っ最中ですし……」
「落ち着かれましたらまた……」
騎士達は混乱していた。貴族の男は敵に回したくはない。けれど、ファナは絶対に敵に回してはいけない。どちらの肩も持たなくてはならないが、より危険なのはファナだと意識は傾いている。
「お、お前たちっ、わたしを誰だと思ってっ……」
その時、薬を全て飲ませ終わったファナは、ベッドから離れて男を正面から見つめた。
「あんたが誰とか、どうでもいいの。それより、ここには誰も入らないようにって言ってあったよね?」
後半は騎士達へ顔を向けて確認する。すると、騎士達はビシっと敬礼を決めた。
「はっ、そのように承っております!」
「うん。なら、なんでこの人入って来てんの? 細すぎて見えなかった?」
「っ、申し訳ございません!!」
後ろにいた騎士達全員が九十度に体を折って頭を下げた。
「治療はなんとかなったからもういいけど、後一分でも早かったらあの人死んでたよ?」
「っ!? ほ、本当に申し訳ございませんでした!!」
土下座しそうな勢いの反省を示す騎士達に、ファナはあっさり手を振った。
「はいはい、あんた達は頑張ったんでしょ? もう良いって。それよりあの人の服とか、ちょっと食べる物とか用意できないかな?」
「承知いたしました!!」
数人の騎士達が部屋から飛び出して行った。どうにかなりそうだ。
それから、改めて男に目を向ける。
「私は反省してる人に怒るような勝手な人間じゃないつもりなんだ。だから、反省も何もしてないバカが一番腹立つわけだけど……」
「っ……!」
目を見開く男へと、ファナは一歩ずつ近付いていく。
「ねえ、騎士の人達に入るなって言われたよね? それでも入ってくるってどういうこと? 耳がおかしいの? 目が見えないの? 頭が悪いの?」
「なっ、何をっ」
真っ直ぐに見上げられて、男は半歩後ずさる。
「あんたさぁ、教会の回し者?」
「っ……なにを言ってるのか分からんぞ」
「うん。別にいいや。どっちでも」
ニヤリとファナは笑みを浮かべる。その瞳に良いオモチャを見つけたという喜びを宿していた。
「そこに座ってくれる?」
「っ、き、急用を思い出した。し、失礼するっ」
察しだけは良いようで、慌てて背を向けた男に、ファナは容赦なく蹴りを食らわせる。それは、正確に膝裏に入った。
「おわっ」
ガクッと膝を突いた男の前にファナは回り込み、男を見下ろすと、今度は乱暴に胸の辺りを足で押し、尻餅をつかせる。
「ぐっ」
「そういう言い訳する奴って、自分で責任とか絶対取らないんだよね。だから、そういう奴がいたら、必ず落とし前付けさせろっていうのが尊敬する師匠からの教えなんだよ……魔女ナメんなよ?」
「ひぃっ」
ファナが凄んだことで、男は腰を抜かしていた。それを確信したファナは、今度はうっとりするような笑みを浮かべたのだ。
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