222 この主人は厄介です
2018. 12. 3
倒れた王を支えていたクリスタが、器用にそっと地面に横たえる。
それに近付いてファナは立ったまま王を覗き込んだ。
「石は封じられたけど、これは……厄介な所に……それもきっちり根を張ってるし、いやぁ〜な感じ」
ファナの目には、彼の体内の様子が見えていた。
そこへ、ドランから下りてきたテリアとイシュラが駆け寄ってきた。
「鎖が刺さってなんだか凄いことをしていたが、大丈夫なのか?」
「平気平気。見た目ちょっとエグいけど、良い鎖だから」
でもやっぱり鎖だったんだという小さな呟きは無視しておいた。
「一体、あれで何をしたんです?」
イシュラはそっと王の体を触り、穴が空いていないかと調べていた。特にそんなこともないので、顔を上げて不思議そうにしている。
「魔力が働く次元に直接手を入れたんだよ。だから、こっちの体には物理的な影響がないんだ」
「……意味がわかりません……」
「嘘、分かんない? これ以上の説明って小難しくなるから嫌なんだけど」
《主よ……まったく……我が説明しよう》
「お願いします……」
ドランはクリスタに可愛がられており、ファナは既に説明をシルヴァに丸投げし、屈み込んで王の体を観察していた。
気分屋な主人だと呆れながら、シルヴァはイシュラの質問の答えを口にした。
《魔力というものは目に見えぬだろう。だが、術として発動するときにはそれが認識できる》
「え、ええ。火の玉などもちゃんと見えます」
《ならば、なぜ普段は見えないのかわかるか?》
「……」
考えたことがなかったのだろう。イシュラはそういえばという顔で固まった。
答えたのはテリアだ。
「この場所とは違う場所にある?」
《そういうことだ。術として発動させることによってこちら側に引き出しており、本来は少しだけ層位のズレた場所に存在している。主は、その場所に直接働きかけたのだ》
薄い膜のように、人が存在する世界とは違う場所に魔力は存在している。魔術はそれを呼び出し、使っているのだ。
《魔女殿は精神世界と言っていたか。一枚向こうの世界はこの世界と密接に繋がっており、魂というものもそちら側にあるそうだ》
「それは……見えない世界ということですね……」
「理解するには難しいですね……」
《まぁ、そういうものだと知っておくだけで良い。直接そちら側に干渉できる者など、魔女殿と主ぐらいしかおらんのでな》
「「それはちょっと不安です……」」
そこに干渉できるということは、魂に干渉できるということ。そんなことを、この面倒くさがりやで、大雑把なファナができるというのはとても危険な気がする二人だった。
「説明終わった?」
《うむ。何やら遠い所を見ておるがな》
「説明が難しかったんじゃない?」
《主よりは柔軟な方だと思うぞ。主は実証しないと理解しなかったではないか》
「何事も中途半端な聞いただけの知識じゃ身に付かないじゃない」
《主は極端なのだ……》
ちなみに、この薄い一枚向こうを理解するのに、ファナは魔獣や盗賊達の魂だけを抜き取るという鬼畜な退治の仕方を実践した。
それがまさしく魔女の所業だと師匠は笑っていたのだが、それは良い思い出の部類に入る。
「寧ろあの時散々実験したから、今回も魂を傷付けずに魔力だけ抑えられたんだけど? ほら、役に立ってる」
《結構な大量虐殺の上の結果だがな……》
「人で実験したのはちゃんと潰さずに処理できるようになってからだったでしょ」
《魂を握ってケラケラ笑っていた主の姿しか浮かんでこぬのだが?》
「あ〜、あれは面白かった。魂ってやり方によっては痛み感じるんだよね。もうちょっと実験しても良かったかも」
「「……」」
一体何の話だと二人は理解しないように努めていた。知ったら怖すぎる。
実際、それらを聞いていた牢に閉じ込められている魔術師は泡を吹いて気絶していた。刺激が強かったらしい。
「今回もやり甲斐ありそうだし、ここで応急処置して、ちょっと休んだら山を降りようか」
騎士に二時間後に降りてくると言ってあったはずだ。ドランに乗って来たので登るのに時間はかかっていないが、この状態の王を見る限り、二時間は結構ギリギリだ。
《アレらはどうされる》
シルヴァが目を向けたのは、未だ元気にこちらを睨んでいる王弟と、その後ろで気絶している魔術師達だ。
「あの王弟さんは面倒だなぁ……もういっそここで……」
消しちゃおうかなという考えがチラリと過ぎる。それを察して、クリスタが名乗りを上げた。
《よければ妾に話をさせてくれぬか?》
「いいけど、聞くかな?」
《モノは試しという。良いか?》
「うん。どうせ牢から出られないし」
《うむ。しかし、この姿では話辛いのぉ、どれ……》
クリスタはぐっと一度頭を上げると、自身に魔術を発動させた。すると、次の瞬間、そこには絶世の美女がいた。
《どうじゃ?》
「めっちゃ美人! マジで惚れるレベル! 姐さん感半端ないよ!」
《ほほ、ファナは面白いのぉ》
黒髪はどうなっているのかわからない編み方をされており、背中に流れている。それがまるで背びれのように見えた。
はっきりとした目鼻立ちに、瞳はドラゴンのそれに相違なかった。それがまた妖しくも艶かしい。服装はドラゴンの皮をそのまま服にしたような光沢のあるもので、ひらひらとボリューム感のある黒いドレスだ。
しかし、肌は陶磁器のように白く、これも鱗のような光沢を見せていた。ちなみに足は素足だった。
《魔女殿に教わったのだ。上手く化けられたようだの》
「へぇっ、シルヴァ、覚えてよっ」
《……必要性を感じぬ……》
「これから必要になるかもしれないじゃんっ。よし、シルヴァだけここに残してくね」
《っ……》
反論はしない。すでにファナの中で決定事項なのだ。変更は認められない。そう長い付き合いの中で分かっているのだ。
「……大変ですね……」
「……ご苦労様です……」
《厄介な主だ……》
主人と認めたからには従わざるを得ないシルヴァだった。
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次回、月曜10日です。
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