217 噂の火消し屋
2018. 10. 15
城を出たファナは、本来の大きさになったシルヴァに乗って、クリスタのいる山へ向かっていた。
「そういえば、お兄さんの名前聞いてなかった」
テリアと一緒に同行を願い出た青年を振り返る。二人は、馬でファナ達の後を追いかけている。
「申し遅れました。私はイシュラ、近衛騎士団の副団長をしております」
「もう一人の人と副団長は二人?」
「ええ。一人ではあの人や上を抑えきれないので」
「あ、意外と切実なんだ」
当然のように輝く笑顔で抑えきれないと言う様子を見て、ファナは心の底から納得した。
彼の隣にいるテリアは、同情するように一瞥している。話を変えるように、テリアが進んでいく道の先へ視線を投げながら口を開く。
「それにしても、よくこう……人気のない道を知っているものだな」
《無闇に我の姿を見せて驚かせるものでもあるまい。まぁ、半分は主の姿を余人に見せるなという者がいるからだが》
道を選んでいるのはシルヴァだ。ただ、それでも立ち止まることはなく、迷っている様子も見られない。
「シルヴァ、兄さんの戯れ言なんて聞き流せばいいんだよ?」
《あれでも黒の主人だ。無視はできん》
「そういうもの?」
シルヴァが黒と言ったのは、彼と同じ、大陸の守護獣である黒い焔を纏った大きな鳥のこと。
魔王であった前世で兄のラクトは誓約をしたらしいのだが、今生でもそれは破棄されることなく手を貸してくれている。シルヴァとは違う魔族の棲む大陸の守護獣だが、いつでもラクトの召喚に応えていた。
ラクトが黒霧と名付けた彼女は、焔を纏っていてもラクトの身内ならば熱く感じず、その広い背中に乗せて飛んでくれるのだ。
前回、クリスタの所へ向かったのも、黒霧に乗ってのことだった。
「兄がいるのか?」
「魔女殿の兄……」
「いるよ。小うるさいのが。今回もついてくるって聞かなくて、面倒だった」
「め、面倒って……」
シルヴァの言葉や、今のファナの言葉から少しばかり過保護な人なのかなと察せられたらしい。
「ちょっと出かけただけで、帰ってから半日くらい離れなくなるし、朝食と夕食は絶対に一緒に食べるって言って、何があっても……それこそ王様に呼び止められても振り切って帰ってくるし、時々、嫌なことがあったからってベッドに潜り込んでいつの間にか一緒に寝てるし、ホント、面倒で鬱陶しいバカ兄貴だよ」
「……」
「……」
過保護なんて言葉では足りないんじゃないかと、二人は引き攣った表情で受け止めた。
「そういえば、この国って、未だに魔族の大陸に行ってどうにかしようとか考えてるって本当?」
ファナは先程と変わらない何気ない様子で問いかけた。これに、イシュラが困ったように答えた。
「ええ……確かに王や上の者達はそれを目標としています。それがこの国の方針です。曲げられないのでしょう……」
「それにしては、イシュラさんは納得してない感じだね」
「そうですね……私はその……この国の片田舎から出てきたような、平民の出なのですが……」
「えっ、その顔で?」
「……どんな顔でしょう……」
思わず振り返って感想を述べたのだが、顔をしかめられてしまった。
イシュラは、言葉遣いもそうだが、物腰も柔らかで一見して貴族の子息と思える容姿と人となりをしている。
ファナの中の片田舎にいる平民のイメージとはかけ離れていた。
「いいとこの坊ちゃんだと思った」
だって、騎士だし。田舎者がその辺の一兵卒じゃないとか詐欺だ。
「良い意味でだといいんですけど」
「そこは大丈夫。意外性ありなところはテリアと良い勝負」
「はあ……」
テリアはイシュラに視線を向けられて、そのままさりげなくそらす。どうやら、出自は知られていないのかもしれない。
「そんで? それが国の方針に納得できないことと、どう関係あるの?」
前を向いたまま、ファナは続きを促した。
「田舎の方には、王家に関する隠れた言い伝えがあるのです」
「隠れた?」
「はい。私も当初、意味が分かりませんでしたが、王都に来て理解しました。その言い伝えを、貴族や王都に住む者達は知らないのです。何より、外で口にしてはいけないと言われたものです」
村を出る時、王都や他国でこれは口にしてはいけない。知られれば、王家の手によって殺されてしまうと言い含められたそうだ。
「それ、私に言っても良いの?」
「魔女様ですからね。それに、さすがに色々と疑わしいものがあります。率直なご意見をいただければ」
「ふぅ〜ん、良いよ」
いくら話してはいけないと言われても、ここまで徹底して外に知られていないのはなぜなのかと彼はずっと気になっていたようだ。まるで何者かによって、意図的に情報を封鎖されているように感じていた。
「私がついてきたのもこれをお話したかったからなのです」
ファナ達は速度を緩めることなく、それを聞いた。もっとも驚愕していたのは、件の王家の血を引くテリアだった。
「王家が……勇者の子を取り上げて、勇者を殺した……」
「欲しかったのは、従順な駒ってことだね」
「そうなのでしょうね……勇者は、魔王や魔族は魔術に長け、寿命が長いだけのこちらの大陸の人と変わらない種族なのだと説いたそうです。再び向かえと言った王を振り切り、生まれた土地へ戻ったと……」
勇者は、その力で王家の手の者を退け、静かに暮らしていた。国外へ出なかったのは、国王が再びあの大陸へと手を出そうとする時に止めるためだった。
「それほどまでに勇者が反対していたのです。魔族の国を攻めることが正しいとは思えません。魔族を悪とすることも」
そう思ったのは、イシュラだけではなかった。この言い伝えが残っていた他の村の出身である騎士や兵達もそうだ。魔族という存在についての認識が、間違っているのではないかと思っていた。
「この国は魔族を悪として戦うことを意義としている。そんな中でこれを唱えたところで一笑されるか、首をはねられて終わるでしょう。だから、噂として流してはどうかと考えたのです」
王都の周りの町から広めてしまえば、疑問は広がり、魔族への意識は変わる。そう思った。しかし、なぜか広がらなかったのだ。
「国外に出た際にもこの話を現地の者に聞かせたのですが、全く広まらなかったのです。そこで、噂を消している者がいるのではないかという結論に至りました」
いくら常識のように根付いていたとしても、これを知れば、黙っていられないはずなのだ。しかし、それは不自然なほどあっけなく立ち消えた。
「正解だろうね。きっちり噂を消してるやつがいる」
「誰ですか!?」
「教会の語り部」
静かに告げたその言葉は、走っていても二人の耳にはっきりと届いたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
隠された真実です。
次回、また一度お休みさせていただき
月曜29日0時です。
よろしくお願いします◎




