216 噂は流れていました
2018. 10. 8
色々と協力してくれたテリアと共に食事を終えたファナは、近衛騎士団長だという男と王妃を前にして事情説明をしていた。
「だから、悪いのぜ〜んぶ、王弟さんと教会ってわけ」
「……そんなっ……そんなばかなことがっ」
さすがは、実力主義で好戦的なお国柄。近衛騎士団長は屈強でゴツい脳筋だった。
しかし、全員が全員そうではないのは、テリアを見ればわかるだろう。こんな、頭で細かい事情や状況を理解するより先に動く理由を見つけてしまう脳筋ばかりではないのだ。
「……わたくしは信じます。あの方がこの場にいないのが何よりの証拠です。このような状況をそのままにするはずがないのですから」
王妃は、毅然とした線の細い人だった。夫である王がいない今、この城を任されているのは自分なのだと正しく立場を理解し、行動できる人だ。
「しかしっ、王弟殿下が王を裏切るなどっ」
「いいえ。言ったはずです。あれほど頭の回る方が、この事態に気付かないはずはないのです。知っていて放置していたのならば、それはすなわち、これを仕掛けた本人であるということに他なりません」
ほとんどの者が意識を混濁させ、弱っていた。その情報が外に漏れていないという事実。更には今現在この場に王弟がいないことが裏付けている。
気付かないなんて事はあり得ないのだ。気付いていたのならば、必ずどうにかしようと走り回ったはず。それがないということはそういうことだと結論が出ていた。
近衛騎士団長は信じたくないのだろう。本当に頭が堅い。
「ねぇ、テリア。本当にこの人が一番上の人? ってか、話し合いに出てきちゃいけない人だよ。この人制御できる騎士さん連れてきてくれない?」
「えっと……分かった……」
ファナは騎士団長を邪魔だと判断した。立場的に外させることは出来ないと分かっている。それならば、対応できる者を追加すべきだ。
テリアが奥宮へ連れて行くのに起こした二人の近衛騎士を思い出す。こいつじゃなくて正解だった。
それほど待たずしてテリアはまさに、あの時の二人の騎士を連れてきた。その二人が騎士団長の両脇に立つと、勢いよく頭を下げさせる。それぞれの片手で上司であるはずの彼の頭を鷲掴み、ぐぐっと押さえつけたのだ。
「むむ、お、お前たち……っ」
「申し訳ございません、王妃様。このバカは動いていないと腐ってしまうのです。ご無礼、ご容赦ください」
「魔女様も申し訳ありません。目の前のことも見えない愚鈍なのです。躾け直すには時間が足りず、よろしければ馬の代わりにでもしていただければと」
「……ん?」
結構なセリフが聞こえた気がした。その上、とても慣れている。
「いつもこんな感じだったりする?」
「はい。寧ろ、会議には私どもが必ず付き添います。その……まともに話し合いが成立しませんので」
「各団の団長達はどこも同じでして……立ち上がる前に頭を押さえつけるのが、副団長以下の心得ですね」
「なるほど……うん。お国柄、こんなのばっかだって聞いて良く保ってるなって思ったけど、なんか納得した。反面教師ってやつだね」
すぐに戦争だと息巻く者達ばかりならば、この国はとうに消えていただろう。けれど、優秀な仕事中毒気味な文官達や、指揮官に振り回されずに踏みとどまれる冷静な武官達がいたことで国が成り立っていたらしい。
「そういうことです。大目に見ていただければ」
「それで、お話の内容をお教え願えますか?」
「いいよ〜。どのみちほとんど進んでないから」
「ぐぬぬ……っ、お前たちっ……」
腕力で弾き返しそうなものだが、団長はそれ以上動くことはなく、大人しく押さえつけられたままになっていた。
自分のことを理解できているのだろう。副官達が来たことで、少し冷静になったようだ。
そんな様子を尻目に、ファナは一連の騒動の黒幕についてを語った。
「というわけで、王弟さんは今、武器と言う名の王様を連れて、山登り中みたいなんだ」
「……まさか……あの毒の山に……?」
夫が操られている可能性もある上に、毒の霧が支配する山に登っていると聞いた王妃はサッと顔色をなくした。セシアの夫で息子である王太子はすでに亡くなっていたらしく、その上に王まで居なくなってしまっては、この国の未来はない。
騎士達も最悪の事態を想定し、必死で頭を動かす。
「少し前にあの山に棲むといわれているドラゴンが国を滅ぼしかけたと聞いたのですが……」
「ん?」
「毒霧に一時覆われた町が半壊したと……そのドラゴンを倒しに行かれたということでしょうか」
「んん?」
毒霧の覆う山の山頂には、その毒霧が麓の町にまで届かないようにしてくれているクリスタがいる。
立派なドラゴンだ。だが、クリスタは人が好きで、攻撃されたとしても攻撃することはまずない。
国を滅ぼしかけたり、町が半壊したという噂も聞いてはいなかった。
「それ、いつの話?」
「えっと……半年……いや、それより前か?」
「……あ」
思い出した。
「どうしたんだ?」
テリアが、思い出そうとして百面相していたファナを不思議そうに見ていた。
「ううん。そういえばそんなことあったなと思って……」
「知っていたのか?」
この国の隣。その国から決して山に手を出してはならないと、近隣の国への通達がされるほど、その脅威は大きいものだった。
しかし、ファナは思い出してしまった。その国を滅ぼしかけ、町を半壊したのがクリスタではなく……ドランであったことに。
「知ってたっていうか……うん。あそこに棲んでるドラゴンは超イイヒトってかイイドラゴンなんだ。だから、倒してもらっては困るんだよね〜。困ったなぁ。王弟さんには本当に困ったな〜」
誤魔化す方向で決定した。
「……まぁ、手を出さないでくれとあの国の王が直接言いに来ていたしね……」
「……何か誤魔化されているような気もしますけど……あの約定を違えるのはまずいです。それも王自らというのは……」
「だよねっ。となれば、ささっと回収してこようかなっ」
胡乱げな顔でこちらを見ている副官達と目を合わせないようにして、立ち上がった。こうなれば逃げるが勝ちだ。
しかし、お目付役は付くようだ。
「それならば、テリアと私がついて行きます」
「え〜……別にいいのに。王様一人くらい苦もなく連れ帰ってきてあげるよ?」
逃さないという目がこちらを向いていた。同行すると告げた副官の一人は引く気がないようだ。
「いえ、これ以上、噂に名高い『救世の魔女』殿のお手を煩わせるものではないでしょう」
「……なにそれ……」
「おや、知りませんでしたか? 白銀の王が傍にいるのがその証拠です。失礼ですが『渡りの魔女』様のお弟子さんではありませんか?」
「そうだけど」
ならば間違いないと大きく頷かれるのは複雑な気分だった。
読んでくださりありがとうございます◎
あの頃を思い出したようです。
次回、月曜15日0時です。
よろしくお願いします◎




