215 魔女様の炊き出し
2016. 9. 24
ファナが全ての魔石の状態を元のものにするのに一時間ほどの時間がかかった。
その間にテリアは二人の近衛騎士を連れてシルヴァとドランを護衛に奥宮を調査し終えていた。
今、ファナが作業していた広い廊下には、多くの人々が座り込んでいたり、横たわっていたりしている。
即席の救護所のようになっており、状態が安定した近衛騎士達を中心にして対応していた。
そんな時、ファナはといえば、炊き出しの準備中だった。
「まさかの王宮の中での炊き出しとかね。おかしいよね。調理場でやれって感じだよね」
この状況が明らかにおかしいのは分かっている。王宮の廊下で即席の炊き出しセットの用意とか訳がわからない。
ブツブツとおかしい、おかしいと呟くファナの足下では、シルヴァとドランが退屈そうに欠伸をして、これに時々返答を返す。
《仕方ないではないか。その調理場がここから遠い上に、本来給仕のために料理を運ぶ使用人達が動けぬのだからな》
「それは分かるけどぉ。分かるんだけど、この外観が炊き出しセットに合わなさ過ぎるっ。こんなキラキラしいところで寸胴鍋かき混ぜるとか絵図らどうなってんの?」
大理石の床に真っ白な石の壁。装飾品もキラキラと輝くものばかりで、場違い感が半端ない。
《安心されよ。どこからどう見ても怪しい魔女殿にしか見えん》
「あ、なら鍋変えたいっ」
《……う、うむ……確かにそこは惜しいところだな》
せっかく魔女っぽいなら、鍋は寸胴ではいけなかったと悔しさを滲ませるファナ。そこへ、テリアがやってきた。
「え、えっと……何か手伝おう」
「みんな落ち着いた?」
「ああ。錯乱してたりもしていたが、なんとかな」
「そう。なら、食事運んでくれる?」
「わかった。けど、食器は?」
「それ」
「……これ?」
それだと言って指をさした先にあったのは、大量に積み上げられている小さな竹のコップと木で作られた楕円形の弁当箱だ。
「本当はおコメと梅干の師匠曰く定番『日の丸弁当』とかどうかなと思ったんだけど、あれだと寂しいんだよね〜。何よりお箸とか使えないだろうし、スプーン用意するの忘れてたから諦めた。おかずは全部刺して食べられるやつにしといたよ。今から詰めるからちょっと待ってて」
「あ、ああ……」
竹のコップもお弁当箱も先程作った。竹のコップはシルヴァとドランに頼んで調達してもらったもので、ちょっと国を出て近くの山から取ってきてもらったのだ。
この世界で竹は雑木扱い。葉だけは薬として使用されるので、なくなりはしないが、他は使わない。中が空洞では、木材としての価値はないと思われているのだ。
魔女によって、これの有用性を教えられていたシルヴァはそれほど時間をかけることなく切り倒し、丁度良いコップの大きさに切って持ち帰ってきた。
弁当箱は魔女曰く『弁当箱といえば曲げわっぱに決まっておるだろう』ということで作ってみた。
城の中に薪として使おうとしていたらしい硬めの木材が沢山あったので、それを魔術でぱぱっと加工させてもらった。
手作業でやろうなんて考えられず、魔女からもこの方法で作ることを教わったのだから特に疑問はない。『反則でもなんでもできればそれで良し』というのが師匠の教えだ。ただし、職人にはバレるなというのが鉄則だった。
「油モノは弱ってる体に良くないから、定番の『からあげ』がないのも残念だけど、お野菜入りの玉子焼きはあり。ポテトのお団子に、鳥肉とおお豆の塩焼き〜」
おかずの量はそれほどないが、主食用のパンは多めだ。
「ご飯じゃないのがホント残念……」
ロールパンが二つと、フルーツサンド。二段重ねのお弁当箱の上の段に野菜を中央に挟んだロールパンが二つ。半分をおかずに占拠せれている下の段にフルーツをサンドした食パンが三切れ。
炊き出しとは呼べないのではないかと思えるほど手の込んだ食事が出来上がった。
「よっ、ほっ、たっ」
ファナは魔術でそれらをお弁当箱に詰めていく。きっちり蓋まで付いたそれは、大きめだが運びやすい。空中に乱舞するそれらを皆が呆然と眺めることしばしば、テリアの前に完成したお弁当が積み上がっていく。
今現在、王城にいる人数分しっかりと作った。そう。頑張っている文官さん達の分もあるのだ。
「じゃぁ、これ持ってって」
「わかった」
テリアが運ぶのはその文官さん達の分だ。この場にいる人の手元には、詰めた物からファナの魔術で宙を飛び、順次届けられている。
「スープは向こうでつけてもらって」
「……どうやって開けるんだ?」
それを受け取ったテリアは微妙な顔をする。当然だ。びっくりするほど気密性の高い容器にスープは入れられているのだから。
この世界で液体の物を皮袋以外で持ち歩けるものではない。ファナが今回用意したのは、キャップの付いたものだった。
「こうやって回すの。反時計回りね。閉める時は時計回りに、くって止まるまで。キャップは真っ直ぐ置いてから回してね」
「わ、わかった……行ってくる」
「いってら〜」
テリアを見送ってファナはスープも配り終える。
すると、お弁当を持って近衛騎士が一人やってきた。
「あの……これは……」
「え? ごはん。食べてね?」
「……」
戸惑う様子に首を傾げる。まるでどうしたら良いのか分からないというように見えた。だが、ファナには当たり前過ぎる物だ。どうして戸惑っているのかわからない。
《主よ。容れ物が特殊に過ぎるから戸惑っているのだ》
「そうなの? これを開けて二段になってるから、おかずはこれで刺して食べて」
「こ、これ……こんなすごい……い、いただいてよろしいんですか?」
「うん。食べて。好き嫌いしちゃダメだよ?」
「はいっ」
彼らはファナが食事を作って詰めているのも見ていたが、あまりにも常軌を逸した光景だったために、それが何かを理解できなかったらしい。
騎士は感動したようにそれを持って近くの人たちに説明する。そうして皆が一様に『開けてビックリ』といった様子を見せ、口にしていく。
ちょっと驚いたのが、躊躇なくそれらを口にしたことだ。毒が入っているとか、得体の知れない者から受け取ったものだからとか、寧ろこれは食べ物なのかとか疑問に思うことなく皆口にしていたのだ。
「美味いっ」
「なにこれっ、これはパンかっ? 柔らかい! うますぎるっ」
「うぅっ、温かいっ、おいしいっ」
泣きながら食べていた。
「お腹空いてたのかな?」
《う、うむ、我にもくれ》
《シャっ、シャっ、シャっ》
「はい、どうぞ」
ファナには自覚がないが、魔力を込めて作られたその食べ物は、本来の美味しさを更に高めている。
その上、異世界仕込みの料理だ。その辺の食事よりよほど美味い。味付けもハーブなど薬草も使っており、栄養面でも最高だ。魔女が味には煩かったこともあり、ファナの料理の腕は一流だった。それも、魔術を使って時間をかけずにパパッと作ってしまう。
《やはり美味い……主の魔術は本当に反則だな……》
《シャ?》
そう。魔女曰くファナはほどんど全ての事柄で『職人泣かせ』の称号をもらうことができる。現在も、この場で一番泣いているのは料理人達だった。それを見て察せられないのもファナのいけないところだ。本気で悔し泣きしている料理人の内情を勘違いしている。
「そんなに美味しい?」
《主よ。あれには話しかけていかんぞ。なぜか分からなくてもいかんからな》
「うん? 分かった。あ〜、お腹空いた。テリアまだかな」
こういう時の忠告は聞くことにしているので問題はない。シルヴァは呆れたように一度視線を寄越したが、分からないものは分からないと、ファナは自分とテリアの分を用意して大人しく待つ姿勢を取るのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
ちょっとズレた炊き出しでした。
次回、一度お休みさせていただき
月曜8日0時です。
よろしくお願いします◎




