214 飛んでいます
2018. 9. 17
ファナはふわふわと浮く円座に腰掛けて、自身の身長三つ分ほど上の高い天井付近にある魔石に施された術式を解析していた。
「これはこっちで……これはあれので……」
糸が絡まり合うように、元々施されていた術式を、今回手をかけられた術式が絶妙に交差しており、あれはこっちので、これはこっちのでと面倒くさいことになっていた。
「まさかの上書きじゃなくてきっちり利用するとか……よくやったよ」
魔石の力を壊さないように術式を上書きするのは可能だ。けれど、この魔石は今まであった術をそのまま利用した上で更に術式をプラスしている。
結界としての働きは抑えられているが、加護対称に影響が出るようにしっかりと理解し、利用するなど、普通はできるものではない。
「魔族……の可能性もあるけど、ここまで細かいことをするってことはどっちかって言うと……」
頭をよぎったのは、ある人物。犯人とするのはその人ではないけれど、その人と同じ種族だろう。
この大陸でも、その人以外は確認されていない。特別な種族。
「まぁ、天魔石のことを考えれば、予想できたことか……ん、解けた」
数十とある魔石のたったひとつだが、術を解くことができた。正解がわかったならば、後は時間の問題だ。
「さくっといきますか」
その時、騎士達の対処をしていたテリアとシルヴァ、ドランが、協力者として起こした二人の騎士を伴って戻ってきた。
「えっ、う、浮いてるっ!?」
「あ、テリア。できた?」
「あ、ああ……」
まさか、人が飛ぶとは思わなかったのだろう。もちろん、そうそう飛べるものではないのが常識だ。
《む。箒はどうされた?》
「魔女っぽくて好きだけど、あれだとバランス悪いじゃん。作業してるとお尻も痛くなるし」
《それもそうか。魔女殿もソファで飛んでいたしな》
「さすがにあれはない……」
ドランとの卒業試験の時などは、赤いソファで飛んで上から観戦していた。足を高く組んで、ケラケラと手を叩いて笑っていたのを覚えている。ものすごく趣味が悪い人に見えた。
「なんて言うか、世間一般の魔王のイメージっていうの? アレだと思ったね」
《なるほど》
ただし、それが良く似合っていたという感想は口にしないでおいた。今はこの世界に居ないとしても聞こえそうで怖かった。
「で? そろそろその人達大丈夫そう? ヨダレたれてこない?」
「え? あっ」
二人の騎士は、口をポカンと開けた状態でファナを見上げていたのだ。正気に戻るのを会話をして待っていてやったのだが、まだダメだったらしい。
テリアが慌てて正面に回り込んで声をかける。次第にテリアへと焦点を移したらしい騎士達は、何度か深呼吸していた。
「大丈夫になったなら、中お願い。シルヴァ達が護衛するから、心配せずにずずいっと奥まで行ってきて」
「は、はい……」
「ご協力感謝いたします……」
「ん〜。気を付けてね〜」
手を振って見送ってやれば、騎士達もまだ少し呆然としながらも中へと入って行った。
「よし、そんじゃ、続けますか」
ファナは気合いを入れて術の解除に向かった。
◆◆◆◆◆
オズライルは、執務室で今日届いたばかりの手紙に目を通していた。全て読み終わると、大きく溜め息をついて机にもたれかかるように上体を倒す。その手は悔しげに強く握られていた。
「まだ分からぬとは……っ」
その手紙は、初恋の人の娘のような存在からだ。自らが後見人となったが、今や貴族の当主となった彼女の兄がいる以上、必要はないかもしれない。
しかし、それでも最近は祖父のように慕って、定期的に手紙をくれたり、決して近くない距離を移動して会いに来てくれる。『オズじぃちゃん』と呼ばれる度に頬が緩むのを感じ、素直に喜びを甘受する。
そんな可愛い孫娘から届いた手紙で、忌まわしい石の存在について世間話ついでに触れられていたのとに衝撃を受けていた。
「このままにしておくわけにはいかないねぇ」
『天魔石』
かつて天にあった力ある石。遥か昔に東の大陸に落ち、消えたという石の復活をと願い作った紛い物。
「語り部達も最近は大人しかったのですけどね……」
石をこの大陸でばら撒いたのは教会の裏組織。そして、石を作ったのは…….
「天翼族……」
オズライルの祖父。地上に住む種族ではない。天空に住み、翼を持っていた種族。
彼らの力の源であった石を無くしたことで、飛ぶ力を失ったというのは、恐らくこの地上では今、オズライルしか知らない。
もう一度飛びたかったと言って息を引き取った祖父の様子を思い出せば、彼らが何を望むのか容易に見当がつく。
そして、長い時間をかけて、彼らはとある組織の者達と利害を一致させた。
「再び動くならば……伝えないわけにはいかないね」
ふっと目元を緩めると、机の引き出しから一枚のメモを取り出す。それは、ファナの師である渡りの魔女からのもの。
ファナがここへ初めて来た時に、受け取った手紙の中にあったものだ。
『前世を知る者へ真実を。大陸の守護獣達の主ならば、関わる資格がある』
この守護獣とはシルヴァのような存在の事だ。大陸に三体ずつ。その主の資格を持つのがファナとファナの兄であり、前世の記憶を持つと聞いたラクトだ。
「巻き込みたくはなかったのですがね……」
穏やかに日々を過ごして欲しいと願うのは当たり前で、それが出来なくなるならば全力で手を貸そうと思うのも当然のこと。
どうして自らが陰謀の渦中へと誘わなくてはならないのか。悔しく思いながらも、違うなと頭を振る。
「今のうちに全ての憂いを払うべきということでしょうか……なかなかどうして……あの方の真意は読み辛い」
自分と同じように、ファナを大切に思っている人。試練だと無茶振りをしても、それは全部その後のファナの人生のため。
いつかいなくなる人だったからこそ、それはオズライルには分かりやすく、微笑ましいものに感じられた。
そして、今回のこれもきっと悪いことではない。それに、ファナだけを想定したものではないのだろう。もう一人、過去を引き摺るのが彼女のお気に入り。
「いつだったかキサコさんが会ったと言っていた魔王は、前世の彼でしょうね。なら、やはり必要なことということで」
結論は出た。自分ももう老いた。できるのは助言ぐらい。若い子ども達に任せるのも自分に課せられた試練だと受け止め、ペンを手に取ったのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
裏で糸を引いているのはあの人達。
*現代編でファルナとなっていた部分を全て『ファナ』へ統一しました。
表記ブレ、失礼しました。
次回、月曜24日0時です。
よろしくお願いします◎




