212 ここには居ません
2018. 9. 3
テリアは顔を伏せ、自らの出生と思いを口にする。
「そうだ……正式に認知されてはいないが……母も数年前に亡くなったからな。唯一、血の繋がった肉親に、情がないとはいえない」
「認められてないのに? そういうもの?」
「君には家族はいないのか?」
分からないなと首を傾げたファナに、彼は眉をひそめる。テリアにとって両親は、親というだけで無条件に情愛を向けられるような存在なのだろう。
「肉親っていうか、親ってのがよくわかんないんだよね。小さい時に邪魔って捨てられたからなぁ」
「え……」
う〜んと腕を組んで首を傾げながら両親を思い出す。
「うん。やっぱ分からん。兄さんが泣いて頼むし、鬱陶しいから戻ったけど、バカ親はお仕置きして放置してるし、もう覚えてないよ」
「……お仕置き……放置……?」
彼には全くわからないものだったようだ。
「あ、気にしないで。良いよ。その王様がまだ生きてるなら、何とかしてあげるって」
「ほっ、本当か!?」
「まぁ、何とかなるっしょ。行こ」
「ああ」
ファナは、それほどまでに大切に出来る親というのを見てみたくなった。何より、この状況の城で、最も周りの負の感情を受けやすい王が生きているならば、どんな人物かを確認してみたいのだ。
「奥なら、シルヴァも向かってるし、そろそろあっちの居場所も特定できたでしょ」
「誰か仲間がいるのか?」
「相棒がね〜。これを仕掛けた黒幕を確認してもらってるんだ」
「っ、黒幕!? 誰なんだっ!?」
「王弟だよ」
「え……」
あっさりと告げられたそれに、彼は混乱して立ち止まる。数歩離れた所でそれに気づき、振り返ったファナは不思議そうに促した。
「来ないの?」
「え、いや、え!?」
「大丈夫だよ。どんな奴か顔を確認するだけだし、手は出さないって」
「あ、そ、そういうことでは……っ」
テリアは認知すらしない親を心配するお人好しだ。叔父である人を悪く思えないのは当然だろう。きっとファナが危害を加えないか心配しているのだなと予想した。
しかし、テリアはそれよりもこうも簡単に黒幕を明かされたことに動揺しているだけに過ぎない。
「ほ、本当にあの方がこれを?」
「そうだよ? どんな人かは良く知らないけど、聞いたところだと政務をほとんど全部取り仕切ってるんでしょ? それも王弟だからね。何かの拍子にキレて上が邪魔になったんじゃない?」
「……そんな……」
こんなのはファナの勝手な想像でしかない。けれど、テリアも否定できないようだった。
「まぁ……兄さんの予想だと、そんな下剋上も他から唆されたかららしいけど」
「唆された? 一体誰に……」
「そこは聞かない方が良いかもね〜」
ファナは楽しそうにそう告げて、再び奥へと足を進め始める。
「あ、待ってくれっ」
テリアが慌てて付いてくるのを感じながら、ファナは濃くなっていく嫌な気配に笑みを消した。
「……へぇ……やっぱこっちが本命か……」
先程まで居た場所の影響とは比べ物にならないほど、不快なその気配が濃い。
「ここまで濃いと別物だね……」
負の感情を増幅するというのは、実は症状としては軽いものでしかない。天魔石の本来の呪わしいほどの力は負の魔力と呼ばれる闇の力だ。
闇の力は体を蝕み、徐々に意思、思考を奪っていく。そうして、抱える負の感情のままに力を振るい、暴れるようになるのだ。やがて力の制御ができず、周りを破壊しながら肉体に限界が来て自滅する。
とはいえ、この城にあった天魔石は不完全な状態だった。そこまでの影響力は出ていないはずだ。それでもここまで強く闇を感じるということは、他にも何か仕掛けていたのだろう。
城に仕掛けられていた魔石といい、天魔石のことをよく知っているものだと感心する。
そこでふと嫌な予感がした。
「……ねぇ。王様って本当に城に居るの?」
「え、ああ……出て行っていると聞いた覚えはない……」
見たわけではないので確信はないが、近衛騎士が出動しているという話は聞いていないので、王が外出しているというのはあり得ないという。
「ああやって、その近衛騎士っぽいのが倒れてても?」
「っ!?」
向かう先の通路に、壁に背を預けて眠ったように力なく座り込んでいる騎士達がいた。
「おいっ、大丈夫かっ」
「っ……うっ……」
「この辺の人達はまだ大丈夫。意識は飛んでるけど、死んだりしてないよ」
闇の力が好むほどのこの場で使えるような負の感情を、彼らはそれほど持っていないのだろう。この国で最上位の誇り高き近衛騎士であり、王という存在に忠誠を誓う者達だ。憎む者などこの城にはいない。
ファナはその奥と左右に別れる通路の先を見て確認する。
「それより、あっちってもしかして王弟の部屋がある?」
「あ、ああ……執務室が確かあっちだ」
ファナが指した右手側。そこに王弟の執務室がある。なぜわかったのかといえば、とても簡単で、その方向だけ結界が張られていたのだ。
「あからさま過ぎて笑える。確かに魔力は増大されるけど、それを利用するなんてね〜。ハハっ、結構スッゴイ結界だわ。これは安心だね」
きっと、その奥に外に繋がる通路もあるのだろう。うまい具合に魔力が増大する影響を利用し、自身の身をがっちり守っていたようだ。いっそ、見事と言うしかない。
「王様達は見殺しにして、自分はちゃっかり安全を確保するとかね。それも一番影響を受ける場所で、これは確かに頭良いやつの仕業だわ」
天魔石の力を正しく把握していなくてはそれを利用することはできない。できたとしても、平静ではいられないはずだ。それなのに、他国や民達に気付かれないくらいしっかりと政務を執り行っているとなれば、とんだ狸だと言わざるを得ない。
「見てみたいけど……今は不在っぽい?」
それならばとそのままファナは奥へと進むことにした。
「お、おいっ」
通路には、所々で倒れている騎士達。けれど、それらを一瞥することなく進んでいくファナに、テリアは焦った声を出す。
「大っきな声出してもその人達は起きないよ。起こした所で同じことになるし、今は触んないの」
「いや、だがっ」
「元凶をどうにかしないと意味ないんだって。魔石みたいな媒介があるはずだから、それを処分するのが先。王様もいないみたいだし」
「なに?」
ファナはもう確信していた。黒幕である王弟も不在、この状況で王が生きているならば、今この城には王もいない。
そうして目を向けた暗い通路の奥。そこに声をかけた。
「シルヴァ、王様達どこ行ったか分かる?」
「なっ!?」
ゆったりとした歩みで近付いて来たのは、本来の姿になったシルヴァ。
広い通路を塞いでしまうほど大きなその姿に、テリアは驚愕して、後ろでカタカタと震えていた。
「やっぱ、ここキツイ?」
《何気に結界を張っておる主のように器用ではないのでな。それに、この方が繋がりやすい》
シルヴァはふっと顔を上の方に向ける。そちらの方向に何があるのか、ファナも分かっていた。
「あっちは大丈夫そう?」
《寧ろ、向かって来ているお客人が自滅しそうだと同情しておるよ》
「あらら……止められる?」
《助けるのか?》
「このお兄さんの親なんだって。興味ある」
《ほぉ。ならばそう伝えよう》
目を閉じたシルヴァの様子から交信しているのだと予想する。
そうして、テリアを振り返った。
「あれ?」
いつの間にか、彼は青白い顔でかなり後退していた。
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