210 なぜかのんびりティータイム
2018. 8. 20
その騎士は、二十代に入ったばかりのまだ若い青年だった。
薄い茶色の髪は短くまとめられており、今は脂汗が浮かんでいる顔は整っている。体付きは日頃から真面目に鍛えてきた人のそれで、手には剣を何度も振った証があった。
「傷はこれでオッケー。呼吸が落ち着いたら、これ飲んで。美味しく改良した増血薬ね」
「あ、ああ……ありがとう……」
ファナの治療によって太ももに刺さっていたナイフは抜かれ、そこには血の付いたズボンと切れ目があるだけになっている。
何かに支配されそうになっていたが、今はそれも落ち着いている。だが、青年はまたいつその感情が膨れ上がるかが心配なのだろう。動悸が未だに治らないようだ。
ファナはあまり近付いているのも不安だろうと思い、彼が座り込んだ通路の反対側の壁に背を預けて座る。
そこで人も来ないことだしとお茶を淹れ出した。
「あ、え……?」
突然そこでそんなことをしだすとは思わなかった青年は動揺する。そんな事など気にすることなく、ファナは至って平常通りだ。暇なので彼が納得できるようにと状況の説明を口にする。
「原因になった物はもうこの城の中にはないけど、所々に細工があるみたいで、発動した魔術がまだ城の中に留まってるみたい。だから、意識できないくらい少しずつ影響を受けたんだろうね。特に疲れてると病気と一緒で影響を受けやすいんだ」
「はぁ……」
それを聞きながら、青年は無意識に手にしていた増血薬を煽った。
突如として口に甘みと酸っぱさが広がり、喉に刺激を受けたことで、彼は驚いてむせた。
これを予想していたファナは、淹れた甘めの紅茶を彼の前に差し出す。
「やっぱり慣れてないとダメかな? はいこれ。はちみつ入れたから少し甘いよ」
「んっ……いただく……っ」
この様子から見て分かるように、彼はとても素直らしい。怪しむことなく、それでもゆっくりと紅茶に口をつけ、少しずつ嚥下しながらほっと息をついた。
ファナの作った増血薬は、魔女曰く『濃いめのリンゴ酢味』となっている。一般的に売られている増血薬はとても苦く、なぜか後にすっぱさが残る。ファナも一番増血薬が美味しくないと思っていた。
そこで改良を加え、現在の味に落ち着いたのだが、慣れないと美味しいと感じないらしい。とはいえ、当然のように味は悪くないのだ。少しびっくりするだけで。
「ちょっと刺激的だけど、効果は抜群でしょ?」
「っ……そうみたいだ」
フラフラと安定しなかった頭は安定しているし、体に力も入るようになったらしい。一応いっておくが、一般の増血薬ではこれほどの即効性はない。多少回復が早くなる程度だ。効果が違いすぎる。
「もう一杯どう? ついでにマドレーヌもどうぞ」
「……ありがとう……」
差し出したマドレーヌを受け取り、減ってしまった紅茶を注がれて、青年は肩の力を抜く。
まだ状況についていけてはいないようだが、落ち着きは取り戻したらしい。呼吸も安定していた。
「で、続けるけど。たぶん、お兄さんは城の見回りをしてたんでしょ? そんで、おかしくなった人達も見回り組だった」
「っ……どうして……おかしくなった奴らのことを知ってるのか?」
「正気じゃなくなっちゃった? 今も人があまり近づけないとかじゃない?」
「ああ……完全に怯えるみたいに……部屋に閉じこもって出てこなくなったんだ。だから私が見回りを……」
「やっぱりね〜。人が怖くなっちゃうんだろうね。不信感しか感じなくなるっていうか、すっごく情緒不安定になるんだと思う」
彼が言っている者達は、ファナが処理した人達に手をかけたのだろう。成し遂げた後は少し冷静になり、そこで、自分が操られたように彼らを殺してしまったことに恐怖する。
またやってしまうのではないかと不安になり、人と関わるのが怖くなったのだろう。
「負の感情を増大させるものだからね。余計に不安定になるんだ。落ちるのは簡単だけど、登るのは難しいみたいに、気持ちも落ちすぎると上げるの苦労するんだよね〜」
呑気に考察しながら、ファナもまったりとお茶をする。
「原因を知っているのか?」
青年が真っ直ぐな瞳を向けてくる。これにこくりと小さく頷き返し、マドレーヌを食べ終わった指を少し奥へいった壁の上部に向ける。
「あれが増幅と未だに力を残留させる役割をしてる物の一つ」
「……」
城の天井はとても高い。そのため、本当に注意して見上げないとそれは見えない。宝石のようで、けれど曇っているのであまり光を反射しない。
「この城にいくつか仕掛けてあるね。多分、お兄さん達はあの石が仕掛けられてる道を何度も通ったんだと思う。見回りなら仕方ないけど、そのせいで影響が出ちゃったんだよ」
次はあれを回収かなとファナは苦笑した。
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敵地であっても変わりませんね。
次回、月曜27日0時です。
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