209 臭います……
2018. 8. 13
危機迫る様子の文官達のいる場所を後にしたファナは、王宮の奥へと進んでいく。
すると、人の気配というものが一気に減るのがわかった。その上、雰囲気もさる事ながら、辺りも薄暗くなる。
「……嫌な感じ……」
使われたのは毒ではないはずなのだが、なぜか空気が悪いように感じてしまう。
そして、風の膜を張っていることであまりそれがわからなかったが、一部の区画で血の臭いや腐敗臭が漂っていた。
ファナがふと目を向けたその部屋が、まさにそんな現場だった。
「っ……何……これ……っ」
隙間から見えてしまったその惨状に、ファナは思わず後ずさる。
それなりの地位にある貴族だろうか。でっぷりとした恰幅の良い男が、胸から腹の辺りまでを切り裂かれて倒れていたのだ。
《うむ……見事な剣筋だ。やったのは騎士かもしれん》
ファナの足元からその部屋を覗き込んだシルヴァが冷静にそれを見つめた。
「これもアレの影響……?」
《かもしれんな。いかにも騎士から恨みを買いそうな御仁ではないか》
「……それは偏見っていうか……本の読みすぎかな……」
シルヴァの冷静な言葉を聞いて、ファナも平静を取り戻してきた。
「腐敗が始まってるね……このままにしておくと、さっきの文官さん達が病気になるかもしれない。処理しておこうか」
《それが良い。この城の至るところで臭いがする。今は犯人がどうのと言ってられんからな》
本来ならば、貴族殺しなど現場を保存し、犯人を特定するために調べる必要があるが、それをやっていられるような平時ではない。
どのみち、腐敗が始まっていては、得られる手がかりは少ないだろう。そこまでの捜査能力はないのだから。
「血も灰にしておこう」
問題となる部分だけ強力な風の膜で覆い、その中に炎を発生させる。これにより爆発的に火力が上がり、一気に人体さえ灰となった。
これほどの殺傷能力を持つ魔術は、師である魔女に教わったものだ。とはいえ、実戦で使ったことはない。魔女も使えと言ったわけではなく、寧ろ証拠隠滅のための術だとまで言っていた。こんな時に使うべきとされる術だった。
《恐ろしい術だな……》
「大丈夫。戦いでは使わないよ。こんなの、反則だもん」
《確かに……》
術や技に溺れないファナだからこそ、魔女も教えたのだろう。
「どうせだから、他もやっておこうかな。一人一人の犯人より、この原因を作った黒幕はもう分かってるんだし、良いよね」
《うむ。空気も悪い。賛成だ》
「じゃぁ、こっちで処理してるから、シルヴァはその黒幕の居場所を突き止めてきてくれる?」
《良いだろう》
そうして、二手に別れた。
ファナは、それから五分とせずに六人の遺体を処理した。
最初と同じような貴族の男が多いが、中にはメイドと侍女がいたのは驚いた。一体、どんな恨みを抱かれていたのだろう。
それも結構な損傷があったのだ。相当な恨みの感情があったのかもしれない。
「痴情のもつれってやつかなとか思うのは、本を読みすぎなのかな……」
少し反省しながら進む中、ここで初めて生きている人に出会った。
その人は、騎士なのだろう。肩で息をしながら、座り込んで震えていた。見れば、左足にナイフが刺さっていた。その柄を握って、必死に痛みに耐えているようだ。
「ねぇ、大丈夫?」
「っ……!」
十分に距離を取って、声をかけたファナに、騎士はナイフが刺さっているのも忘れたように立ち上がり、剣を抜いた。
「あ、無理しないで。なんか、必死で抗ってるみたいだね。そのナイフも自分で刺したんでしょ?」
「っ、な、なぜっ……っ」
額からは、脂汗が滲み出ており、顔色も悪い。床に溢れた血の量を見ても危ないものだとわかる。
「とりあえず治療させてくれる? これでも薬師なんだ。この城の現状も聞きたいし、どうかな?」
ファナは、剣を向けられていても動じることはなかった。そんなもの、いくらでもどうにでもできると思っているからだ。
ドラゴンとさえ戦える力を持ったファナにとって、人は脅威にはなり得なかった。
因みに、その戦わされたドラゴンのドランは、現在、ファナのフードの中でお昼寝中だ。この状況でマイペースというべきなのか、ファナの傍にいるための安心感からなのかはわからないが、大物な態度であった。
騎士はじっとファナを見つめていた。今のファナの服装は魔女っ子スタイル。調薬するときの特別製のローブを着ている。
とても戦えるようには見えなかったことで、彼は信用したらしい。それに、何より限界だったのだろう。フラフラと揺れたかと思うと、壁に身を預けてズルズルと座り込んでしまった。
「ほら、無理するから……」
「あ、ありがと……っ……」
朦朧とする意識の中でもファナに礼を言う彼に、少し好印象を持ちながら、ファナは彼を治療していった。
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抗っている人もいました。
次回、月曜20日0時です。
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