208 異変は見られませんが
2018. 8. 6
海が近いこともあり、その国の王都は潮の香りに包まれていた。
「やっぱり王宮に異常があるようには見えないね」
《うむ。活気があるな》
《キシャ〜》
人通りの多い大通りを進みながら、ファナ達はそうは見えなくても注意深く周りを観察していた。
子猫姿のシルヴァでは踏み潰されそうな人の多さ。よって、製薬時用の魔女のローブを着たファナの肩に乗っている。フードをかぶっているので、そこに隠れるような形だ。
一方のドランは、姿を見せるわけにはいかない。さすがに三つの首を持つドラゴンは存在しないのだ。例えドラゴンと分からなくても、異様な姿に驚きや畏怖を感じるだろう。
奇異の目を避けるため、ファナの鞄に入って隙間から外を覗いている。
「さすがは海の街。大きな港もあるみたいだから魚がいっぱいある」
《とはいえ、もう昼を過ぎる頃だ。漁は早い内に終わると聞く。もうほとんど売れ残りかもしれん》
「そうなの? 良く知ってるね」
《魔女殿に聞いたことがあるだけだ。それと、保存技術が拙い故、店で売っているものは鮮度が急速に落ちると言っていた》
「あ〜、なんかそれ聞いたことあるかも」
師である魔女は異世界から来た者だ。この世界はそれほど技術が進んでいないのだと嘆いていたことがある。
「思い出した。肉ばっかりじゃ飽きたって、魚をどっかに調達しに行ったんだよね。それで愚痴りながら料理してたっけ」
《うむ。『釣ったら釣ったままとは信じられん! 魚は鮮度が命だろうにっ』と言っておられたな》
彼女も、最初はこうした場所で売っている魚を手に入れようとしたらしいのだが、そこで売られていた魚の鮮度を見て絶望したという。
結局買うのを諦め、自ら釣った魚を持ち帰った。お陰でこの辺りでもない刺し身にして食べても美味しいものだった。
「そういえば、魚は川魚しか食べてないね。せっかくだからどっかで食べる?」
《良い提案ではあるが、料理にあまり期待はできん。魔女殿に食べさせてもらった魚料理とは比べるべくもないと思うぞ?》
「確かに……他の料理もそんな手の込んだやつが出てきたことないし、師匠曰く、料理の技術も拙いってことだしね」
屋敷での料理は、ファナが指導した結果、魔女のレシピや技術が伝わり、満足のいくものになっている。しかし、相変わらずこの世界の料理は味気ないものが多かったりする。
なんというか、調理が大雑把なのだ。それでも美味しいものが多いのは、素材の味が良いものが多いからだった。
「店に入っても、焼いただけとかありそうだね……」
《うむ……臭いが焼き魚っぽいものしかないと気付いてしまった》
「あ、ほんとだ」
先ほどから見事に潮の臭いと焼き魚の臭いしかしないという事実に、ファナも気づいた。
「マジかぁ……なら、とりあえず携帯食で今は済ませて、城の中を確認したら、魚を釣ってクリスタの所で食べようか」
《賛成だ》
そうして、ファナはすぐに城へ潜入した。
◆◆◆◆◆
あっさり潜入を果たした城の中は、とても静かだった。とりあえず生存者の確認と思い、人が多そうな場所に真っ先に向かったのだが、それでも話し声が異常なほどしなかった。
「……なんか、黙々と仕事してる……?」
《あれらは内政官や文官だな。なんというか……鬼気迫るものがある……》
そう。彼らはひたすら自身の前に積まれている書類を処理していた。そして、無言で手渡しに行き、無駄なく動く。
皆一様に目が血走っているようにも見える。
「これ……通常? 王様がここの文官の働きは異常だって言ってたけど」
王からは、この国の文官達がとても優秀だということを聞いていた。
《特別な制度を設けている国だからな……少し変わっているのも仕方がないのではないか?》
なんでも、この国には『定年制度』というものがあるらしい。一定の年齢に達したら、十分な報酬をもらって隠居するという。
ただ、まだ働きたいという者はおり、その場合、魔術によってこの国の情報を漏らさないことを誓約したのちに他の国で再就職するというのだ。
その能力は圧倒的で、他国はこぞって彼らを引き込もうと暗躍しているらしい。
因みに、この『定年制度』は魔女の入れ知恵によるものだったりする。人命を守るためだとファナは聞いていた。
「あれを見ると『定年制度』ってのが人命のためって意味が分かったかも」
《うむ。あれは過労死するな……》
「王宮の異変が表に出ないのって、やっぱあの人達のお陰なんじゃ……」
《予想通りということか……》
王からあらかじめ聞いていたのだ。文官はとても有能だから、王宮に異変があっても、国は変わりなく回っているのかもしれないと。まさにその通りだったのだろう。
「なら、王様をさっさと確認してこよう」
《そうだな。どうにもあちらの方から嫌な臭いがする……》
「清浄化の魔術かけて行くよ」
ファナは自身の周りに毒の霧の中でも動けた空気の膜を作り、王宮の奥へと進んでいった。
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