207 警戒すべきは身内?
2018. 7. 23
教会と手を組んだらしいとある国の王弟と、教会の動きを探るため、大陸の東へとやってきた。
王と主にラクトを説得たファナは、翌日の昼ごろにはその国へ入ろうとしていた。
本来ならば何日もかかる距離なのだが、シルヴァに乗って野山を駆けたために半日もかからなかったのだ。
そうして、国境の門が見えると、シルヴァが清々しい様子で鼻を鳴らす。
《久方ぶりに本気で駆けたな。やはり良いものだ》
「昔は怠け者だったのにね」
《主よ。それを言うか……必要性を感じなかったのだから仕方がない》
山に棲んでいた頃。当然だがシルヴァに敵はいなかった。気配を消すのも上手かったために、獲物を捕らえるのに走ることもそれほど必要ではなかったのだ。
衰えることも知らないシルヴァは、体力が落ちることにも頓着せず、ただ日々を安穏と過ごしていた。
しかし、そこへファナという活発な子どもが現れる。気配を消しても探し出し、遠慮なく魔術の練習相手にしてくれるのだから、呑気に昼寝もできない。
ある意味、ファナはシルヴァの天敵だったのだ。本気で逃げなければいつまでも付き合わされる。そうして、本気で走ることを知ったシルヴァは、自身が身体能力を持て余していたことを知った。
それからは、体を動かすのが面白くなり、険しい山を走り回るのが日課になっていった。
「走るの楽しいでしょ」
《うむ……今度はもっと広い所を遠慮せずに駆けたいものだ》
「あはは。今回は完全に隠密行動だったもんね。トップスピード出してみたい?」
《もちろんだ》
なにぶん、シルヴァの姿は目立つ。よって、夜陰に紛れて移動ではあったが、通る場所は森や山の道なき道。これではトップスピードなど出せない。
是非とも草原など、障害物のない平野で自身の脚力を試したいとのことだ。
「師匠の話だと、こっちの大陸は人口密度が高いから、人に見つからない広い場所ってのはないんだってさ」
《むむ。そうなのか……》
「けど、あっちの大陸にはそういう所あるって聞いたよ」
《何!? ではすぐにでもっ》
「無理だからね」
《ううむっ》
久し振りに走ったことで、うずうずしているようだ。尻尾が焦れたように何度も上下に振られていた。
「とは言ったけど、近いうちに行こうとは思ってるんだ〜。だからドランも連れてきたんだからね」
《シャシャ?》
ずんぐりした丸い胴体に三つの頭のドラゴン。今は手のひらに乗る小鳥サイズになっているが、本来の姿は小山のような大きなドラゴンだ。
右からドラ、ラド、ランで三頭合わせてドランと呼んでいる。ドランは、異世界から連れてきたドラゴンで、元々この世界の生き物ではない。お陰で、初見の者たちは大抵が驚くか怯える。
甘えん坊で少し臆病。そんな気性の可愛い彼らを知れば、本来の多くの国を滅ぼした凶暴な魔獣だという事実は信じられなくなるだろう。
「ここまで来たら、ドランに乗って隣の大陸をちょっと偵察してきても良いかなって思ってたんだよ」
《ほぉ。兄殿には言わなかったな》
「う〜ん……なんか兄さん、行きたくないっていうか、行くべきじゃないって思ってるっぽいんだよね」
ファル ナの兄のラクトは、前世であちらの大陸の王だったというのは、ファナももう知っている。
そして、恐らくそんなラクトの帰りを、あちらの大陸の者達は切望している。王の帰りを待っているのだ。ユウキがそんな理由で王になれなかったのだとこぼしていた。
《なるほど。もしや、待っている女でもいるかもしれんな。あるいは、帰るのが気まずいか》
「あの感じはどっちもだと思うな〜。師匠が、あっちの人たちの寿命は魔力の高さによってかなり長くなるって言ってたから、前の兄さんを知ってる人も何人か残ってるんだろうね」
魔族と呼ばれる彼らは、シャウルという不思議な石の力に晒されたことによって魔力が高くなった。
魔力は高くなるほど肉体の老化が緩やかになる。これによって、彼らは長寿をも手に入れた。研鑽によっても魔力は高められる。そうして、彼らは何百年と命を延ばしているらしい。
「まぁ、その辺も兄さんがいない内に調べてみようかな」
《兄殿を出し抜くのは難しいぞ?》
「なら、今日中にあっちの大陸覗いてこようね」
《それが良さそうだ》
《シャシャっ》
妹命のあの兄ならば、理由をでっち上げて合流しようと今も考えているはずだ。ラクトは行動派だ。思い立ったら吉日である。
「ここの人というか、兄さんに見つからないようにを目標にいくよ」
《承知した》
《シャ!》
ここへ来た目的を忘れそうだった。
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背後に注意ですね。
次回、一度お休みさせていただきます。
月曜6日0時です。
よろしくお願いします◎