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200 令嬢仕様です

2018. 5. 21

ラクトとファナは、舞踏会にやってきた。


ここへ来るまでにもラクトはグチグチと言っていたが、全てきれいにファナは聞き流していた。普段と違う装いの方が気になっているということもある。


一番気になるのは髪型。いつの間にか長くなっていた髪は、上の方で編み込まれ、まとめられている。少々バランスが取りにくいと思える重さが感じられた。


露わになった首筋には痒くなりそうな重量のある豪華なネックレス。両腕には細い腕輪。耳にはイヤリングがつけられており、普段していないからか今からもう耳は痛い気がしている。


ドレスは、ラクトが作らせたという青紫から下へ濃い青へとグラデーションで変わっていくデザインのものだ。


まるで深海のようだと、出がけにシルヴァが感想を述べた。


そのファナの相棒であるシルヴァと三つの首を持つドラゴンのドランは、ここ数日、屋敷でのんびり過ごしている。今回も当然連れて来られないので留守番だ。


思えば、こんなにシルヴァと離れていたのは久し振りだった。


「ああっ、もう着いてしまうっ……いっそ事故にあったと報告させて……そうだ、そのまま領地へ引っ込んでしまえばいいではないかっ」

「……兄さん、往生際が悪いよ。良いじゃん、サッと行って、サッと帰ってこれば。それで義理は果たせるでしょ」

「む……そうだな……サッと行って、サッと帰ってこようっ」

「……うん。まあ、無理だろうけど……」


この王都でも、ラクトの噂は多い。ユウキに聞いたところによると、貴族達もラクトに期待する者が多いらしい。


無能だった両親を追放し、その家督を奪ったラクトの有能振りは広く知られており、評判もすこぶる良いという。


何より、王も認めているのだ。後ろめたいところがある貴族達も、今は反抗する気も起きないらしい。下手に手を出して返り討ちにされてはたまらないというのが本音だろうと見た。


ハークス侯爵家の市井の評判も塗り替えられており、余計に貴族達は手が出しにくいのだ。


「ほら、行くよ。エスコートしてくれるんでしょ?」

「勿論だ! 私以外はダメだからなっ」

「はいはい」


馬車から降りると、そこからはファナもハークス侯爵令嬢としての顔と行動を見せる。


令嬢としての振る舞いなど、ファナにかかれば容易い。暇つぶしにマナーや立ち居振る舞いを習ったと言ったならば、他の令嬢達は間違いなく暴動を起こすだろう。


短い期間で、遊び半分で覚えた令嬢スキルは、何の違和感もなく、美しく発動されていた。


「うぅ……ファナが見られている……」

「メソメソしない。離れてもいいんだよ?」

「ダメだ!」

「ならシャキッとする」

「はい!」


こんなおバカな会話だが、周りには聴こえていない。その上、二人とも表情にも出ていなかった。


ラクトの完璧なエスコートと、知性的な王子様といった容姿。それに釣り合う普通の令嬢にはない程よく筋肉の付いた引き締まったプロポーションを持つファナ。


その振る舞い、歩き方も洗練されており、年齢の割にとても堂々としている様から、多くの者が思わず感嘆のため息を零す。


副次的な作用として、ラクトとファナの前には、自然と人々が道を作っていた。お陰で、苦もなく進んでいける。


「これは都合が良いな。本当にサッと行ってサッと帰れそうだ」

「王様のところまで直線で行けそうだね。お陰でめちゃくちゃ目立ってる」

「くっ、なんてことだ!」


途中で何とか立ち止まり、王の挨拶を待つ。そして、王へと注目が集まったことで、ファナとラクトが目配せをする。


「このままではまた目立つ」

「なら気配を少し抑えようか」

「だな。このあとはダンスだ。そこで一気に王の所まで行って挨拶して帰るぞ」

「……本気で速攻で帰る気なんだね……」

「当然だ」


ウザい感じにドヤ顔が決まっていた。


音楽が流れ出す。その前に気配をほとんど絶っていたので、ラクトとファナの存在を忘れてしまったかのように、周りはダンスを始める。


途中でふと何かを思い出そうとするようなキョロキョロと見回す者達がいるが、二人の技能はあっさりとそんな者達の目をかいくぐる。


先ほどのように道ができないが、山道を歩くよりも容易く人の波を抜け、王の前へと進み出た。


「おお、ラクト。なんだ。さっきはあの辺りにいなかったか?」

「お気になさらず」

「う、うむ、そうか。それにしても……君はあの時の……ファルナ嬢……かな?」

「はい、陛下。改めまして、この場ではファニアヴィスタ・ハークスと名乗らせていただきます」

「おお? う、うむ。美しいな……」

「ありがとうございます」


あまりハークスの名を名乗りたくはないのだが、ここは仕方がない。


「そうだ。フレットとは初めてだろう」


そうして、王が少し離れていたフレット呼ぶ。そのフレットはファルナを見つめて固まっていた。


「これ、フレット。挨拶せぬか」

「あ、はいっ」

「……」


ファナは表情を変えることなくフレットへ目を向ける。しかし、内心では眉根を寄せていた。


「フレット・ラクトフィールです。以前、お会いしましたね」

「……はい……」


中途半端な返事になった理由は、ファナの性格によるものだ。ファナは人の名前を覚えるのが苦手で、彼の顔も朧げで記憶の照らし合わせを現在進行形でしていた。


その一方でラクトが暴走の兆しを見せる。


「ファナが美しく、可愛いく、賢く、世界一魅力的な女の子であるのは分かるが、あまり見ないでもらおうか」

「え……あ、いや……その……」


フレットは、見惚れていたことを指摘されたと思い慌てる。実際はファナ限定で心の狭いラクトが、ちょっと見ていただけで敵対心をむき出しにしているだけだ。


「お兄様、落ち着かれないと、令嬢達の中に放り投げますよ」

「っ、お、お兄っ……ファナ、もう一回っ」

「あっちのご婦人方の方が良さそうですね。舌を噛まないように歯を食いしばりなさい」

「落ち着きましたっ」


少し黙っててもらおう。


「兄が申し訳ありません。コレがまた暴走する前に失礼させていただきます」

「ん? もう帰るつもりか?」

「このような場には、あまり縁がないもので気後れしているのです」

「そうなのか……お茶会でも話を聞かないからな。初めてか」

「はい。人が苦手なので、申し訳ありません」


一般的に薬師は研究が主な仕事だ。引きこもり体質になるのは当然の結果だろう。それが、ファナは極端なのだ。


「それは無理をさせてしまったな……ラクトも含め数人となら大丈夫かな?」

「……場にもよります……」

「では、また屋敷に寄らせてもらおう。ラクト、あと数日は王都で仕事をするように」

「なっ……承知しました……っ」


悔しそうなラクトの顔がとても珍しくて新鮮だった。



読んでくださりありがとうございます◎



面倒事の予感です。



次回、月曜28日0時です。

よろしくお願いします◎

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