197 残念ながら、いつも通りです
2018. 4. 23
ファナの目の前には、珍しく不機嫌な兄とそれとは正反対にご機嫌な壮年の男性がいた。
ギルドへ一人で出かけていたファナが戻って来た時、ちょうど屋敷の前に馬車が止まったのだ。
そして、降りて来たのがこの二人だった。
「えっと……お帰り?」
ラクトの隣に立つ男性の顔の中にセシアにある要素を見つける。しかし、その正体を知りながらも表情を変えない。
とりあえず、なぜだか分からないが、ラクトの機嫌を直したかった。
ファナの前では、ラクトは大抵機嫌が良い。不貞腐れている表情を見たことがないとは言えないが、それを引き出すのは、これまでファナ自身だった。
それが今回はどうやら、隣にいる王のせいだと気付くと、少しばかりイラついたのだ。
「兄さん」
「っ、ファナ……」
ラクトを真っ直ぐに見つめて呼べば、それだけでラクトは嬉しそうな表情に変わった。これでいつも通りだ。
もういいかと、たったこれだけでファナは満足し、提案する。
「とりあえず中に入ったら? あんまり外に出てるの良くないよ。特にその人」
「そ、うだな……中へ」
「お邪魔しよう!」
案内された王は、笑顔のまま中へ進む。一足先に帰っていたらしいユウヤが、玄関ホールで出迎える。
「お帰りなさいませ」
「ユウヤ、私が兄さん達にお茶出すから、先に上の人たち呼んできてくれる?」
「承知しました」
この屋敷には、屋敷を管理する老夫婦と庭仕事などをする老夫婦、厨房を切り盛りする老夫婦といったように、三組の老夫婦が住み込みで働いている。
腕は良く、人格的にも優れた人たちだ。年齢を理由に解雇された彼らを、ラクトはこの屋敷の維持のために雇った。
ほとんどのことは一人でもできるラクトは、ただこの屋敷の管理だけしてもらえればいいという契約で雇ったのだ。
たが、本人達はやる気もあり、腕も確かなので、好きにさせている。セシアの世話も問題なくこなしてくれていた。
とはいえ、王が来たのだ。心労をかけないためにも、余計なトラブルに巻き込まないためにもとファナが率先して動く気でいる。
王とラクトを応接室に通した後、ファナは外出着から素早く着替えてお茶の用意をする。そこで声をかけられた。
「お嬢様。わたくし共がいたしますよ?」
年齢的に、王の顔を知っているらしい老夫婦達は、ファナが気遣ってくれていることを察しているのだ。
「いいよ。それに、気を張ることになるでしょ? 病気は治してあげられるけど、心までは診てあげられないの。だから、こういうのは任せて」
「はい……」
「あの人帰ったら、兄さんが荒れるかもしれないし、今は休んで欲しいんだ」
「承知しました」
納得した彼らは、それぞれの仕事に戻っていった。
「さてと、王女も揃ったかな」
部屋に入ると、丁度セシアとビズがソファに腰掛けるところだった。
手際良くお茶をそれぞれの前に用意すると、ファナはこの場をラクトに任せようと部屋を出ようとした。しかし、そこで王が声をかけてきたのだ。
「お茶をありがとう。よかったら君も同席してくれるかな」
「……はぁ……」
ファナは、王と認識していてもいつもの態度で接する。ラクトが公式記録を直し、ファナを妹としてハークスの名を復活させたとしても今まで通りを貫いていた。
ダンスも貴族の息女に必要な礼儀作法や教養も、ファナは全て修めてはいる。だが、それはあくまでも、ただやってみただけだ。やってみて出来てしまっただけ。ハークス侯爵令嬢であるという自覚は全力でしないようにしているのだ。
「あ、あの……ファナさん、この人は……」
セシアはファナの様子を見て、王であると認識していないのだろうと思ったらしい。なので、そこは訂正しておく。
「大丈夫。分かってるから。どうするの兄さん」
ここはラクトにどうするのか丸投げしてみる。ただし、ラクトは自分の欲求を優先した。
「こっちへおいで。私の隣に。何もしなくていいから。この人が誰でも話さなくていい。ファナは隣にいるだけでいいからっ」
これはダメだと結論を出し、王に話を振った。
「……いない方が話が進むと思うんだけど、それでもいた方がいい?」
「む……こんなラクトは初めて見たな……なるほど。だが、居てもらいたいな」
「……分かった……ほら、バカ兄貴。ちゃんと話を進めないと明日まで口利かないから」
「っ!? セシア様はこの通り元気だ。連れていってくれていい。以上!」
話は間違いなく最速で終わった。王も、セシアも、同席しているビズもびっくりしたような表情で固まっていた。
「早過ぎるわ、バカ兄貴!」
そう言ってやればラクトは、泣きそうな顔を見せ、壁際にいるユウキは静かに目を伏せていた。
読んでくださりありがとうございます◎
いろんな意味で態度を変えない二人です。
次回、月曜30日0時です。
よろしくお願いします◎




