194 困った人です……
2018. 3. 26
王女が落ち着くのを待つ間、トミルアートに屋敷へ伝言を頼んだ。
間違いなくシスコンな兄は心配しているだろうと思ってのことだ。ファナとしては、これによって他の使用人達が迷惑を被ることは本意ではない。全ては兄、ラクトに振り回される周りの人々のための行動だった。
「あ、あの……お騒がせいたしました……」
「いいよ。嬉しいのわかるし、寧ろ、こっちは喜んでくれて嬉しいよ」
病でもなんでも、手を尽くして、その人が喜んでくれるならばこちらだって頑張った甲斐があるというものだ。
中には治したことを怒る者もいる。周りは治して欲しいと願っても、本人は死を望んでいるということもあるのだ。それまでの苦しみや辛さを思えば、死んだ方が良いと思うのも仕方がない。
死を感じる事は恐ろしいが、同じだけの安心感もある。人とは終わりを知りたいものだ。何事にも終わりがあるから頑張れる。その終わりが死なのだ。それを知り安心もする。それを直前で取り上げられるのだから、怒る者もいる。
だが、当然あれは薬師としては気分の良いものではない。だから、こうして喜んでくれるとホッとする。
「はいっ。本当にありがとうございました!」
晴れやかな笑顔だ。王女は、今までよりも健康体になっている事に気付いているだろうか。ファナは密かに体の不調も調整していたのだ。そこはおいおい、知っていくことになるかもしれない。
「それで、その……お話しされていた石のことなのですが……」
王女は今までのはしゃぎ振りを恥ずかしがるように頬を染め、目を伏せ気味にしながら尋ねた。
「あ〜……石を持っていたから嫁ぐことになったんじゃないかってやつね。王女様の嫁ぎ先が気になるんだよ」
「国ですか?」
ビズに聞いた国は、昔から軍事に力を入れている。この国からは遠く、本来ならば縁を繋ぐ必要もない。
「確か、あの国って勇者の国だよね」
「ええ。そうです。それが関係が?」
「う〜ん……天魔石が初めて確認されたのが、あの国なんだよ。魔族への対抗策として手に入れたんだって」
天魔石についての話を師匠である魔女から聞いた時に、それも聞いていたのだ。
口にはしないが、これは魔族の国にあったというシャウルという石と同じような力を得られると言われているらしい。
「でも、天魔石は本当に危ないんだ。人が持って良いものじゃないよ。きっと、魔族でも良くない影響があると思う」
魔女であっても天魔石が何であるかがわからないというのだから、ファナも警戒するというものだ。
この石に関しては、厄介だなと思うと同時に、更に厄介なのも来てしまったと、ため息を漏らしながら続ける。
「っていう物だから、それを話すと来ちゃうって分かるよね?」
「……申し訳ありません……」
謝ったのは、屋敷に伝言を頼んだトミルアートだ。
そして、ファナの予想通り、厄介な者を連れてきていた。
「当たり前だろう! ファナに何かあったらどうするんだっ」
そこには、兄であるラクトがいた。
「だからって、来なくて良いんだよ」
「そういうわけにいくかっ。ファナがいないのに夕食なんて喉を通らないっ」
単に心配で食事すらできなかったらしい。どこまでシスコンなのかと呆れてしまう。
「……わかった。とりあえず、帰って食事しようか。王女様とビズもウチに行こう」
「は、はい……お邪魔いたします……」
「ありがとうございます」
そうして、場所を侯爵家の屋敷へと移した。食事も終わり、紅茶を飲みながらラクトが切り出す。
「それで、そんな危ない石を持って嫁いだ王女が出戻りか?」
「兄さん……言い方気をつけて」
「ふんっ」
なにやら、ラクトは機嫌が悪い。
「はぁ……ごめんね。兄さんは、あの国にちょっと思うところがあるらしくて」
「そ、そうですか。申し訳ありません」
「いいんだよ。昔のことをネチネチと鬱陶しいんだから」
「っ、う、鬱陶しいっ!? ファナっ、ごめんっ、もう忘れるっ」
恨みまでファナに嫌われるならば忘れるというラクトに、もう末期だと思う他ない。
「バカ。それより、兄さんは天魔石について何か知らない?」
「ファナが頼ってるっ!? なんでも聞いてくれっ」
身を乗り出すラクト。ここまでの態度で、ファナは少し違和感を覚えた。
「兄さん……今日、何かあったの?」
「べ、別に……」
目をそらした。それが答えだ。だから、じっと見つめてやる。この兄が、ファナの目を本気で外らせるわけがない。しばらくすると、フルフルと肩を震わせ、こちらを見た。涙目になっているのは気のせいではない。
「……ファ、ファナをっ……嫁にっ……嫁っ、嫁にしたっ……したいって奴らがっ……っ」
泣き出した。
「……あいつら全員殺すっ。ファナを嫁になどさせてなるものかっ!!」
「……トマ、これを兄さんへ……」
今日の暴走状態はどうにもなりそうにない。そこで取り出したのが、無味無臭の特製の薬だ。
トミルアートに兄へお茶を淹れてもらう。当然、薬入りだ。それを飲んだラクトは、不思議そうにお茶を見つめた後、コトリと頭をテーブルに預けて眠った。
「シルヴァ、兄さんを部屋に運んでくれる?」
《承知した。ノーク、手伝ってくれ》
「……わかった……」
ノークと、少々大きくなったシルヴァがラクトを連行していった。
それらを見送ったファナは、呆然としている王女とビズに告げる。
「ごめんね。今日はもう休んで。話は明日ね」
「はい……」
「わ、わかりました……」
微妙は雰囲気になってしまったが、今夜はここまでと諦めたファナだった。
読んでくださりありがとうございます◎
情緒不安定みたいです。
次回、一度お休みさせていただき
9日0時になります。
よろしくお願いします◎




