193 喜ばしいことです
2018. 3. 19
ファナ達は、製薬室でお茶をしながら、王女が目覚めるのを待っていた。ギルド職員達には退出してもらっている。
「それじゃぁ、王女様付きなのに、嫁いだ時には一緒に行けなかったの?」
「はい……セシア様の専属ではありますが、立場的には、王宮薬師ですので……」
「それでも専属でしょ?」
この薬師、名をビズという。年齢は五十才で、男爵家の三男だったらしい。結婚もしているが、子どもはいないそうだ。
王女の母と、ビズの妻が友人であったらしく、その繋がりで王宮に勤めることになったという。
「王宮薬師は、国のものだ。騎士がおいそれと国外に出かけられないように、薬師も国を出ることは許されない」
ノークの説明によると、王女専属ではあるものの、王宮薬師として雇われている以上、命じられない限りは付いて行くことが叶わないらしい。
「国が許さなかったってこと?」
「はい……嫁ぐからには、先方の王宮薬師が付くのが当たり前だと言われまして」
「そんなの、信用できないじゃん」
「いや、あちらを信用するという意思表示をしなくてはならんのだろう」
「え〜、面倒くさ」
ノークが言うのも分からなくはない。薬師を信用するということは、そのまま相手を信用していると同義だ。
「でも、追いかけて行ったんだよね?」
「ええ……僭越ながら、セシア様を娘のように思っておりましたから……お一人で心寂しい思いをされているのではないかと思うと居ても立っても居られず……ですが、これが仇となりました……」
セシアをどうにかしようとしていた者達は、これを好機と取ったのだろう。何かあっても、国の薬師ではなく、彼のせいにできる。
王宮薬師として彼を雇ったのも、そんな見え透いた思惑があるのだろうと思えた。
ノークは嫌なものを思い出すように、顔をしかめながら空中へ視線を向けて考察する。
「仕掛けようとしていたが、やるにしても、処置をするのはその国の王宮薬師。助からない状況になれば、国を非難される。けれど、王女の専属薬師として現れたあなたならば、一人の責任にできるということか」
「はい。あの毒は強い。セシア様を亡き者にしようとしたのは明らかです」
ビズは、ありとあらゆる知識を総動員させ、何とか解毒を試みた。しかし本来、解毒薬のない毒であり、ほとんど即効性といっても良いものだ。助かったのは奇跡としか言いようがない。だが、ここでファナには疑問が浮かんだ。
「けどさぁ、あの毒は解毒薬がないっていうより、効きが速すぎて治療出来ないってのが売りなんだよ?」
《主よ……さすがに売りとは……》
不謹慎だとシルヴァが批難の目を向けるが気にしない。それが事実なのだから仕方がないだろう。
「実際にそうなんだもん。まぁ、毒を作るのも一筋縄じゃいかないし、何より、今は作れる人がいないらしいけどね。師匠から聞いた話だと、現存してるのは一部の王家で所有してる分だけだったと思うよ」
「はぁ!?」
「えっ!?」
ノークとビズが思わず腰を浮かせて驚く。しかし、当のファナは、何に驚いているのかと首を傾げながら続く話をしていた。
「だからおかしいんだよね。そんな貴重なのを使ったって事もだけど、あの即効性なら、薬師の出る幕はないんだよ。それこそ、誰が薬師として当たっても、城の中に犯人がいるのは確実なんだから、責任問題なんて押し付けられないでしょ?」
「……なるほど……」
《ほぉ……》
ノークとビズは口を開けたまま中腰で固まっているので、冷静に頷くのはトミルアートとシルヴァだ。
「考えられるのは……あの石かな……」
「天魔石……」
トミルアートの呟きを聞きながら、ファナは更に考え込む。
「そう。もしかして……あの石を持ってたから、その国に嫁ぐことになったとか……」
そんな考えを口にした時、王女が目を覚ました。
「……それは……どういう事ですか……?」
体を起こした王女は、不安そうな顔でファナを見つめる。だが、その質問よりも先に確認しなくてはならない。
「おはよう。といっても、もう夜だけど、気分はどう?」
そう尋ねれば、王女は自身の手を見てハッとし、体をあちこち触ってから顔を撫でる。
「あ……っ、わたくし……か、鏡はありませんか?」
「あるよ」
ファナが手鏡を差し出すと、王女は震えながら受け取り、自身の顔を確認して涙をこぼした。
「っ、元にっ……元に戻っているわっ……っ」
「セシア様っ……」
ビズが正気に戻り、王女の元へ駆け寄る。
「ビズっ、ビズ見てちょうだい。元どおりよっ」
「はいっ、はい、セシア様……っ」
ビズと共に、王女はしばらく泣いていた。
読んでくださりありがとうございます◎
これで一安心ではありますが。
次回、26日0時です。
よろしくお願いします◎




