192 有名なあの人の……
2018. 3. 12
王女へと薬を処方して一時間が経とうとしていた。既に外は暗くなっている。それでも誰も何も言わず、ただただファナと王女を見つめていた。
そして、ようやくその時が来た。
「終わったぁぁぁ〜」
ファナの手は、ずっと淡い光を纏っていた。それが消えると、座り込んで大きく息を吐き出すと同時に口にする。
《主にしては、時間がかかったな》
「仕方ないよぉ……体の構造を把握しながらだし、薬がちゃんと効くまで面倒見ないといけないんだから」
胃にそのまま放り込んでから、消化、分解を経て吸収。そこから血液へ流れ、体中に分配。毒を分解し、無効化するまでを全て手動なのだから、時間もかかる。
《あれだけ煮詰めたものなのだから、強い即効性ではなかったのか?》
「ただでさえ体が弱ってる人に、強すぎるのは逆に毒だもん。吸収する力も弱ってるしね。即効性がある方が早く楽になるけど、その分、感覚を誤魔化してたりとか、体に負担をかけるからあんまりおススメできないんだよ」
即効で痛みや苦しみを感じなくさせることは、案外簡単だ。けれど、それは感覚を鈍らせていたり、誤魔化したりしているだけで、本来の効果を出せてはいない。
もちろん、感覚を鈍らせた上で効果が出るまでの時間稼ぎが出来たりするが、その場合、治ったと勘違いして無理をする者がいるので、ファナは好きではないのだ。
「あ、あの……」
そこで、王女の薬師だという人がおずおずと手を挙げた。
「なぁに?」
「そ、その……いつお目覚めになられるのでしょうか……治ったのですよね?」
未だに目を覚まさない王女が心配になったらしい。終わったと言ったのだから、目を覚ましてもおかしくないと思ったのだろう。
「もう少しで目が覚めると思うよ。もう仮死状態になる術は解いたし、今は活動をちゃんと再開した体の調整中ってところ。そういえば、王女様は今日、どこに泊まるの?」
確か、嫁いだ国からも内緒で抜けてきているはずだ。仮にも王女。実家が駆け込み寺となる身分や状況ではないだろう。
「あ、宿屋を手配してはいますが……」
「貴族が集まってるから、良い宿は押さえられてたでしょ」
「はい……」
位の高い貴族達は、この王都に屋敷を持っているが、その他の者は宿屋で寝泊まりをすることが多い。更には、雇った護衛なども宿を取るのだ。どんな状況かはわかるだろう。
「だよね〜。なら、ウチにおいでよ。部屋数的には問題ないよね? トマ」
「はい」
「そ、そのような……」
「いいんだよ。それに、近くにいてくれた方が、私も経過観察しやすいし。そっちも安心でしょ?」
ファナは、比較的自由に動き回れるとはいえ、あの過保護な兄が王女のためとはいえ出歩く事に、いい顔はしないだろう。
「それに、うちの兄さんなら、王家の方に渡りもつけられる。情報も得やすいよ」
「はぁ……失礼ですが、お兄様というのは……」
そういえば名乗ってもいないからなと思い出す。
「うちのバカ兄……兄さんはラクトバル・ハークス。ハークス侯爵家の現当主だよ」
「ハークス侯爵家!? ら、ラクトバル様がご当主に!?」
そこで驚くというのは予想外だった。
「知らなかったの?」
「はい……この国を出たのは三年ほど前になりますので」
「そっか。三年前なら、まだ私も会ってないしね。それにしても、兄さんって有名だったの?」
王女付きの薬師とはいえ、兄を知っているとは思わなかった。
「それはもう……王宮で知らぬ者はおりませんでした。平凡を装っておられましたが、いつ当主となられるかと皆が願っておりましたから」
「それって、うちのバカ親共がバカだったから?」
「……その……」
「正直に」
「……おっしゃる通りで……」
貴族達も両親には手を焼いていたらしい。薬師や民達にまでその認識があったのだから、相当だ。
「あの人達は、ちゃんと田舎に追いやったから、今は静かにしてるよ。ちょっと呪っておいたし、外に出る気力も今はないんだ」
「呪……っ」
「そう。師匠直伝のだから、強力だよ〜。毎晩悪夢にうなされて、睡眠不足なのにお昼寝は目が冴えちゃって出来ないってのが一つ」
「一つ?」
あまりにもウザかったために、ファナはとっておきとされる呪いを一つではなく、いくつもプレゼントしたのだ。
「二つ目が、一定量以上食べると吐くようになってて、絶対に満腹にはならないってやつ。それと〜」
「……え……」
「あれからこちらへ来ない理由がそれだったとは……ファナ……」
トミルアートが楽しそうに呪いの種類を説明するファナへ申し訳なさそうな、それでいて感謝を示すような笑みを向けていた。
「……呪いってダメだろ……」
普通に考えて、呪いなんてものをかけることを許容してはいけない。しかし、トミルアートはファナの両親を苦手としている。今までの意趣返しをしてくれているのだという思いがあるのは理解できるが、不謹慎だ。
とはいえ、ノークも先代の噂は良いものがないので、積極的に庇おうという気は起きなかった。
「無駄なことは、おしゃべりできないようになってて、誰かに手を上げたら、一本骨が折れるようになってるんだ」
「はい?」
「自業自得です」
「……やっぱダメだろ」
薬師や、話を聞いていたギルド職員達は理解出来ない様子で固まり、逆にトミルアートはうんうんと納得しながら頷く。相応の罰だと思っているようだ。そして、ノークはやり過ぎだと頭を抱えた。
「魔女の弟子である私を怒らせて、楽に死ねるはずないじゃん」
「殺す気なのか……」
「死なさないよ。この世で生きることのあらゆる苦しみを知ってもらうんだから! 死に逃げるなんて許さない!」
「ファナ……」
トミルアートがキラキラとした瞳でファナを見つめていた。
「……トマ、アレを尊敬するなっ。あそこまで行ったらマズイからっ。頼むから、常識を思い出してくれっ」
《……ノークよ。主のそばで常識人でいるのは、並大抵の努力では無理だぞ》
「頼みますから、もう少し希望をください!」
うふふと笑いながら、今も楽しそうに、両親にかけた呪いについて語るファナ。あまりにも楽しそうに、無邪気に語るので、徐々にファナが無害なものだという認識が広がる。
恐ろしい呪いの数々を上げられても、先代の悪名のせいで、正しいものだという認識になるのだ。そうして、洗脳されていく薬師とギルド職員達。
《うむ。もはや洗脳だな》
「だから、良くないですからね!!」
《おぬしも主を見てみよ。あの邪気のない顔……腹の中は真っ黒だ》
「良くないですよ!!」
《うむ。いっそ、清々しいな》
「……もういやだ……」
常識人であることを辞めたいと思うようになるノークだった。
読んでくださりありがとうございます◎
本気で呪ってますので。
次回、19日0時です。
よろしくお願いします◎




