191 見学はお静かに
2018. 3. 5
完成させた薬を見て、ノーク、トミルアート、シルヴァは、揃って顔を顰めていた。
「これは……中々言い表し難い色だな……」
「深緑は苦味……紫は酸味……赤は辛味……全てを表している……」
《主よ。これは……苦いのか?》
大鍋で煮詰めたそれは、小さな薬瓶に入っており、それで全部だ。物によってはすり潰し、全てを使っている。というか、一切水を使わなかった。
純粋に材料となった薬草や果物、生き物の肝などの水分だけで作り上げた逸品だ。
「苦味が一番出てるよ? 一口含むと、先ず酸味を一瞬感じて唾液が出るでしょ? それが薬を口いっぱいに広げて、苦味を感じるの。飲み込む時に、あれ? これって辛い? って混乱したみたいに感じて、後はひたすら苦味だけが残るっていうねっ。ん? どうかした?」
薬の器から目を上げ、いつの間にか全員、ファルナを見つめていた。それも、少しばかり怯えた様子に見えた。
最初に口を開いたのはシルヴァだ。
《主よ……本当に主の味覚は正常なのか?》
「なんで?」
《こんなとんでもないものを口にした経験があるのだろう?》
「もちろん! だって、薬や毒なんて、口にして体験してみないと本当の症状は分かんないじゃん。当然だよ」
とはいえ、病も毒も耐性がついてしまうものなので、中々症例を実体験でまとめるのは難しい。色々な体験の相乗効果で分かりにくくなってくるものだ。よって、ある程度までいくと、あの奥義が役に立ってくる。
「体験するのか……」
「確かに、病に罹った時は好機だと教わるがな」
病や毒を体験してみれば、どんな症状が出た時に一番辛いかも分かるようになる。それをいかに軽減させるかを、それこそ死にものぐるいで考えるようになるのだ。薬師は教本よりも、先ずは実体験が必要だ。
「痛みとか苦味って、感じられる限界ってのがあるんだ。だから、その限界を体験して、見極めるのは大事だよ」
「正論だが……その限界は生死の境も近い位置ではないかと思うのだが……」
ノークの言葉に、シルヴァもトミルアートも頷いていた。ファナだけが首を傾げる。
「その境目も分かって良いと思うよ?」
「……」
《……》
絶対に良くないと黙るシルヴァとノーク。しかし、ファナを信頼しているトミルアートは、いずれはと思ったらしい。
「……まだまだ未熟だということにしておいて欲しい……」
「別にいいけど?」
そこまでは無理しなくてもいいけどねと、トミルアートの覚悟も軽く受け流すファナだ。
「さて、出来たし」
宣言して、薬を持ち王女へ近付いていくファナ。だが、ここで疑問の声が上がった。
「どうやって飲ませるんだ? 仮死状態なのだろう?」
王女は今、毒の進行を止めるため、仮死状態になっている。それは、嚥下することも不可能であるということだ。
「そうだった……このステキな味で生き返ってもらおうと思ったけど、残ネ〜ん」
びっくり、ドッキリな目覚めを約束しようとしていたのに残念だと肩を落とす。
「仕方ない。面倒くさいけど頑張ろっかな」
「し、失礼しますっ。こ、これは一体……」
そこで、王女の薬師だという人がギルドマスターと共に現れた。
これこそ面倒だなと感じながら、ファナはノークとトミルアートに説明を丸投げしておくことにした。
「こっち済ませちゃうから、邪魔しないように」
「分かった」
「……大人しく見学できないなら縛り上げます」
ノークは仕方がないと頷き、トミルアートは、これからファナがどうやって飲ませるのかじっくり見たかったのにと悔しそうだ。
「始めようかな……」
ファナは王女の腹の辺りへ無造作に薬を垂らす。しかし、それが王女へ触れることはなく、球体になって空中に留まった。
左手をその球体に翳し、右手を王女の頭に翳す。
「何をするんでしょう……」
トミルアートが呟けば、静かにシルヴァが説明を始める。
《仮死状態の者に薬を与える場合、直接腹に薬を入れるらしい。だが、入れただけでは吸収もされないだろう。そこで、脳の動きを操作し、吸収する作用だけ仮死を解く。その後、本来ならば吸収されたものは血液によって循環されるが、それを元に戻すと、毒まで循環されてしまうからな。薬の部分だけを魔力で動かし、体に浸透させる……と以前聞いた》
「そんなことが……」
ほとんど外部からの手動操作。それも他人の体だ。相当神経を使い、慎重を要する作業だ。
《我らに出来ることは、静かに見守ることだけだ。あれを邪魔すれば、最悪患者が死ぬぞ》
その一言で、ギルドマスターも残っていた職員も、王女の薬師も口を固く閉じた。ただ時間だけが静かに過ぎていったのだ。
読んでくださりありがとうございます◎
これで王女は大丈夫!
次回、12日0時です。
よろしくお願いします◎




