190 成功したのだからいいでしょう
2018. 2. 26
王女、セシア・ラクトフィール。彼女にはそれほど表に出る機会はなかった。
かろうじてその姿が表に出たのは、結婚式の時。まだ人々の記憶は比較的新しい。
だから、老婆の姿からみるみるうちに若返り、美しい王女の姿に戻るのを見たギルド職員達は、息をするのも忘れて呆然としていた。
魔術は正しく発動し、姿は現在のものを取り戻した。ただ、実際には少しばかり若返り過ぎたかもしれないとファナには手応えで分かった。とはいえ、数歳の違いだ。問題にはならないだろうと判断し、満足げに頷いておく。
「うんうん、ちょっとサービスってことで。次は……」
毒の効果が現れ、苦悶の表情を浮かべる前にと、素早く王女の時を止める。体全ての臓器の活動を休止させるのだ。
王女の横になった体が納まるほどの大きさの魔法陣が煌めいた後、それは急速に小さく中央へと萎んでいき、最終的に王女の心臓の上に収束する。
そこに焼き付くように強く光を発した後、淡い光をたたえたまま落ち着いた。
「成功〜☆」
《主……その喜び方……まさか、実証実験をしたことがなかったのか?》
「えへ☆」
《……そういう所は本当に魔女殿にそっくりだ……》
実際に行使した事のない、理論上の考察だけしてお蔵入りしている技が幾つかある。行使した結果、国一つ消えましたでは困るだろう。結果についての考察や計算はしているのだから良いではないかというのが、ファナや師匠である魔女の言い分だった。
こうして時折役に立つものは出てくるのだから、無駄なことではない。しかし、中には結果が分かっていて、なおかつ有用であると分かっているにも関わらずお蔵入りさせているものがある。その理由がこれだ。
「いいじゃん。理論上は可能だったもん。ただ、地味な技だし、実験するにしても面白くないなぁと」
《それがそっくりだと言っておるのだ》
ファナの師匠である魔女も、同じようなことを以前言っていた。
『うむ、これは地味そうだしなぁ……試しても面白くないわい。次だ次っ』
というように、完成はさせるが、地味であることと面白くないということでボツになるのだ。
「だってその弟子だし。これは発展させるような術でもないんだもん。ここで打ち止め。なのにこの地味さ。まず使おうと思わないね」
《……実用性は高いと思うが? こうして毒や病の進行を抑えるには有効だろう。薬師達ならば、喉から手が出るほど欲しがるのでは? どうだ? ノークよ》
「あ、お帰り〜」
部屋の入り口で、お使いを終えて戻ってきたノークとトミルアートが呆然と立ち尽くしていた。
シルヴァの声かけに、二人は正気に戻る。
「え、ええ。確かに、有用性のある術だと思われます」
「薬の模索をする間に亡くなる例は少なくないと聞きますから……」
ノークも、トミルアートもシルヴァの意見に賛成のようだ。
「やだなぁ、時間との勝負って燃えない?」
また見当違いな意見を出すファナに、シルヴァは呆れたように人臭い動作で肩をすくめた。
《……ならばなぜ、今回はそれをやめられたのだ?》
「あの石に対しての対抗意識っていうのかな? アレにやれるのに出来ないとか嫌だなと」
《患者を前にその俗物的な感情は出すべきではないと思うが……?》
そんなものがなくても患者を前にしたらどうにかしようとか、助けようと一番に思うべきなのだとシルヴァは思っていた。これには、ノークやトミルアートだけでなく、端で縮こまっているギルド職員までも頷いている。
しかし、ここでも常識人とはお世辞にも言えないファルナだ。独特の見解を持っていた。
「シルヴァってばわかってないなぁ。人は悔しいとか思うから進歩していくんだよ? 研究とは未知のものに対する対抗意識。打倒することによって、新しい道が拓けるんだもん。薬師だったら、その思いが一番強くないとね」
《間違ってはいないが……主は不真面目にすぎるからな》
「ヒドイなぁ。いつだって真剣勝負してるのに」
手を抜いた事はないぞと言ってやる。
《まぁ……主はできてもその現場に出会わないことの方が多いからな……あれだ。トラブルの方が何がなんでも主を避けるのだ。最近はようやくノーク達や兄殿のお陰でこういう場面に出会えるようになったがな……》
ファナは山から下りるまで、ある意味、実戦経験がゼロの状態だったのだ。
その知識や技術は、この世界の薬師の遥か上を行くが、全く使う機会などなかった。完全に宝の持ち腐れだ。
「それだよ。最近ちょっと忙し過ぎない? どっちかって言うと研究の方に重きを置きたい身としては、そろそろ山に帰ろうかなと思うんだけど」
そう言いながら、ノークとトミルアートが持ってきた材料を作業台に並べて準備していく。
「あ、ノークとトマはこれをゴリゴリっとよろしく。摘めるギリギリのドロっと感まで」
「……そのドロっとは……いや、分かった」
「漉すのではなく、全て使うんだな」
「うん。汁じゃなくて全部」
ファナは感覚で加減を指示する。『ドロっと』とは、最終的に搾り汁ではなく、すり下ろした全てを使うということだ。
「終わったら、この辺はそれぞれ色が変わるまでね」
それらを二人に任せ、ファナは薬草に火を通したり混ぜたりしていく。
《一人分にしては、大きな鍋ではないか?》
「材料が多いからね。煮詰めたら一瓶だよ」
《それは何とも……苦そうなのができそうだ……》
「美味しいよ〜ぉ」
手元を覗き込んで、既に臭い始めた薬草のキツイ香りに顔を背けるシルヴァ。しかし、いつの間にか身に付けた製薬の時の制服の裾を揺らしながら、ファナは嬉しそうに臭いを嗅いでいた。
《思うが、主は、薬に関しての味覚が狂っているのではないか?》
「あの苦さがねぇ、堪らないよぇ。苦ければ苦いほど嬉しくなるよねっ」
満面の笑みで言うファナに、ノークとトミルアートも苦い顔をしていた。
読んでくださりありがとうございます◎
薬の苦さは苦にならない人っていますよね。
次回、5日0時です。
よろしくお願いします◎




