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186 助けを求めて

2018. 1. 15

トミルアートとノークは、採取依頼から製薬の依頼まで、多くの依頼の中から色分けされたそれらを端から端まで確認していく。


「先ずは……これだ」

「こっちもあったぞ」


それぞれ、両側から見てきて明らかに毒薬になるという物をメモしていく。


「組み合わせもありとなると……やはり難しい……」

「これだけの数だ。見落としがないように見ていこう」


ノークは既に独り立ちも視野に入っていた実力を持っていただけあり、知識も豊富だ。しかし、トミルアートも負けてはいない。


独学な所もあったが、基礎はできており、ファナに教えられた事はすぐに吸収していった。そのお陰で二人の実力には、それほどの開きはない。


「……こっちにイズラの煎薬があるんだが……」

「それなら可能性として……」


トミルアートの見つけた『イズラの煎薬』は、飲み合わせに注意が必要だとファナに注意された事を思い出した二人は、そこから可能性のある組み合わせを探していく。


そこで、不意に声をかけられた。


「あの……もし、薬師様……」


それは、フードを目深に被っている小柄な老人だった。残念ながら、声からは男女の判断ができない。


「……なにか?」


トミルアートが振り向いて応えると、老人はぐっと近付いてきた。


「お願いがっ。お願いがありますっ」

「っ!?」


枝のように細くなった腕。皮と骨だけになったのではないかと思える長い指がトミルアートの服に縋り付いてきた。


「どうかっ、どうかっ」

「お、おい……っ」


その必死さは、周りの冒険者達も距離を取るほどで、トミルアートもノークも引き気味だ。そこへ、シルヴァがやってくる。ノークの肩に飛び移ると、耳打ちした。


「っ……話を聞く。ここでは迷惑だ。奥に行こう」

「っ、ありがとうございますっ、ありがとうございます」


拝み倒すほどの勢いだ。否、既に手を組み、頭を何度も床につきそうなほど下げていた。


そんな老人を先導しながら、シルヴァが一足先に向かう方へとついていく。たどり着いたのは製薬室だった。


その部屋の中で待っていたのは、当然ファナだ。


「来たね。お茶淹れておいたから、座って」

「……ファナ……」


トミルアートが非難する目を向ける。ただし、不満だったのは、その態度にではなく、お茶ならば自分が淹れたのにということだった。


ファナが屋敷に戻って来てから、トミルアートは薬学を教えて貰うのとは別に、ファナへ献身的に仕えていた。


メイドや、家令のジェイクからも教わり、ファナの専属の従者であるつもりでお茶の支度など、ファナが鬱陶しがる手前の絶妙な加減で世話を焼いていたのだ。


これは、命令であったとはいえ、まだ幼いファナを森へ置き去りにしたということに対する贖罪の意味もあったのかもしれない。


魔女に出会わなければ、確実にファナはあの時の死んでいたのだから。


慕ってくれていたファナを殺してしまったのだという思いを抱え、死んだように生きていたトミルアートにしてみれば、生きていたという事実が今でも信じられないのだ。だから、中々傍を離れたがらなかった。


けれど、意味もなく張り付いていれば、シスコンのラクトに邪険にされ、下手をすれば追い出されてしまう。そうならないように、トミルアートは色々と考え、今の距離感を手に入れたのだ。


「トマ。女の人は、ちゃんとエスコートしてね」

「あ、ああ……」

「ばあさんだったのか……」


ファナが向かいの席を指差すと、トミルアートはすぐに動き出す。それとは別に、ファナが老人を老婆だと見抜いたことにノークが驚いていた。


トミルアートに支えられ、椅子に腰かけた老婆を見て、ファナは頬杖を突く。


「ねぇ、そんな物付けてると危ないよ?」

「っ……!」


目を細めて示すその先は老婆の首元。そこに、老婆は慌てて手を当てる。握るようにローブの上から掴むそこには、小さいが価値の高そうな宝石の付いた首飾りがあるようだ。


「……なぜ、わかるので……?」


老婆がか細い声で尋ねる。


「天魔石が付いてるんじゃない? 独特の嫌な力を感じるんだよね〜。お陰でドランがさっきから震えてる」

《っ……ャ……》


いつも通り換気口の下へ避難しているドランだが、老婆が入ってきたと同時に近付かれるのが怖いとでもいうように、近くにあった布や木の器など、ありったけ周りに集めてその中で震えていた。


「あれは……蛇……まさかドラゴン……っ」

「気にしないで。それより、体に悪いから、先ず、それを封印させてくれる?」

「っ、こ、これはっ、お父様から頂いたものでっ……」


老婆は庇うように身を縮めた。


「別に着けちゃダメって言ってるわけじゃない。力をちゃんと封じればただの首飾りになるから」

「っ……本当に……取り上げたり……」

「しないよ。寧ろいらないし。そんな呪われた石……」

「ファナっ……」


いくら本当によくない物で、仮に呪われていたとしても、老婆が大事にしている物だ。その言い方はないだろうとノークが非難の目を向ける。


「だって、誰が作ったのか知らないけど、あの天魔石ってやつは、拒絶反応が出るくらい周りに不調を来たす力があるんだよ? 親指くらいの石一つで一家全員が死んだって話もあるって知らないわけじゃないよね?」


それは伝説化されている。かつて、とある貴族の家に、その正体不明の石が持ち込まれた。見た目は本当に美しい白に金の入った石だ。そして、半年後、その屋敷に居た者全員が謎の死を遂げたのだ。


病とも取れるその様子に、首を傾げた薬師達。石が原因だと、誰がすぐに気付けるだろう。


石の力だと看破したのは一人の旅の青年だった。青年は同じ石を集め、封印して回っていたのだ。魔導士という、現在の魔導学士であった青年は、旅の途中に遺跡で見つけたそれらの危険性について説いたという。


戦争での使用を危険視した王達は、青年に『賢者』の称号を与え、大陸をくまなく探させた。その間、お付きとなった騎士達と共に、多くの人々を病や魔獣達から守ったというありきたりな英雄伝説まである。


「あの伝説は本当だと?」


ノークは半信半疑という様子でファナを見る。


「本当もなにも、石を封印して回ってた青年ってオズじぃちゃんの事だもん」

「……オズ……というと……オズライル様……?」

「そう。私の後見人で、師匠のお友達のオズじぃちゃんだよ」

「なっ!?」


思わず叫びそうになったノークは、目を大きく見開きながら自分で口を抑えた。


「師匠からも聞いててさぁ。もし見つけたら封印するか消滅させろって言われてたんだよね〜」


もう、オズライルの事は横に置いて、ファナは老婆を見つめる。


「因みに、それを身に付けてたせいで毒がおかしな作用を起こして、そんな姿になっちゃったんだって知ってる?」

「っ、わ、分かるのですかっ。この……この姿がおかしいと……っ」


驚き、悔しそうに涙を流し始める老婆に、ファナは先ず石の封印を施し、事もなげに言った。


「本当はお姉さんなんでしょ?」

「っ、お姉さん……?」


トミルアートが呆然と老婆の姿の女性を見て呟く。これに、老婆が答えた。


「はい……私の名はセシア・ラクトフィールと申します……」


第一王子フレットの姉。今年二十八歳になる第一王女だった。


読んでくださりありがとうございます◎



面倒事の予感です。



次回、月曜22日0時です。

よろしくお願いします◎


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