185 一応先生ですから
2018. 1. 8
滞在する別邸に着いたファナは、早速動きやすい服装に着替えると、トミルアートとノーク、シルヴァとドランを連れて屋敷を出ると、改めてその建物を見上げた。
王都にあるハークス家の別邸は、思ったよりも落ち着きのある佇まいだ。
「もっとこう……あの人達の趣味が全面に出てるのを想像してたんだけど、良かったよ」
貴族至上主義というか、見栄で生きてるような両親を思えば、もっと華美な装いが目立つものだと思っていた。しかし、今振り返って見る屋敷は、それほど贅をこらしたようには見えない。
予想と違うなと口にすれば、トミルアートが教えてくれた。
「こっちは、ほとんどラクト様が住んでいたから、そういった物の処分は済んでいるんだ」
「兄さんがこっちに住んでたの? あの派手好きな人達なら、絶対王都の方に長逗留してそうなものだと思ったんだけど」
野心も充分だった。そんな両親ならば、王都での活動の方を優先していそうなものだと思えた。
「昔はそうだった。けど、ラクト様が学園に通われたりするのには、ここの方がいいからと、先代達を追い出したんだ」
「へぇ。兄さんならやってもおかしくないね」
ラクトが通っていた学園は王都にある。寮生活も出来るらしいが、そこは両親の『侯爵家の継嗣ともあろう者が寮生活など〜』とか言ったらしい。
そこで、それならばこの屋敷を譲れとラクトが両親を自領へ追い立てたのだという。
「だからここの使用人も良い感じなんだね。納得した」
良く教育された自領の使用人達にも劣らない者達がこの屋敷を守っていた。これも兄の働きかけの賜物だろう。
「それで、この後どうするのだ?」
ノークがまるで当てもなく歩き出した様子のファナへ確認する。
「まずはギルド。王都って初めてだしさ。町を知るにはあそこが一番でしょ。そこで、薬の依頼があれば受けてみても良いよね」
その薬の材料を集めに王都の外を散策するのも良いと、一応の計画を立てた。
ギルドは、さすがは王都というだけはあり、今まで見たどのギルドよりも立派な建物だった。
「人も多いね」
「舞踏会があると、貴族が集まるから、治安維持の目的もあって仕事が増えるんだ」
今度はノークが説明してくれた。
「調薬の依頼も増える。ここでしか手に入らない薬も多いからな。貴族についてきた護衛達とかも、この機会にそれを買い求めるんだ」
「こんな時でもないと王都に来られない人達もいそうだもんね。それは好都合。お小遣いを稼ぐチャンス」
ファナにとってみれば、どんな薬だろうとドンと来いだ。寧ろ稼ぎ時である。
「トマもノークも頑張るよ。難しい依頼もあるだろうしね。良い経験できそう」
実際、難しい薬の調合を気にするより、材料が集まるからどうかの方が心配だ。
辺境とまではいかなくても、ハークス領は森など、とても薬草採取に適した領地だった。しかし、ここ王都の周りはキレイなもので、ほどんど森がない。お陰で魔獣被害も王都周辺では少ないだろう。
ただし、そこは王都。珍しい材料も金を払えば手に入る場所だった。
「どれどれ……んん? そうだな……二人とも、まず毒薬の依頼を探そうか」
「わかった」
「……出てるのか? 毒薬なんて案外難しいぞ……」
ファナは一見しただけで毒薬となり得る薬を判断することができた。普通は、そんな依頼が出るものではない。しかし、毒薬として認識されていない物もある。それを、テストの要領で二人に判断させようというのだ。
「ヒントは全部で五つ。前に飲み合わせの話をしたでしょ? それも含むからね。向こうで待っているから、答えがわかったらその毒薬の作成法と解毒薬について二人で話し合ってこの紙に書くこと」
ファナは薄い木の板にメモ用紙の貼り付けられたものをノークに手渡した。解毒薬までと言われてトミルアートは口を引き結ぶ。
「解毒薬も……」
「まだ作れと言われないだけマシか」
「そういうこと。それじゃぁ、待ってるよ」
シルヴァとドランを連れ、ファナは飲食スペースに向かった。
《毒や薬とは物騒だな》
《キシャ……》
「うん。五つのうちの三つは対人用だった。これが王都ってことなのかな。貴族とか、面倒なのが仕切ってるからね」
《そいつらの依頼だと?》
ギルドは国に所属するものではない。だが、ここは王都。それなりに持ちつ持たれつな関係なのだろう。難しい病の薬に混じって、毒薬の依頼が入っているのだ。
それなりに危険なもの、怪しいものはギルドも了承しないはず。そこを通しているのだから、色々と闇が見える。
「うん。じゃなきゃ、あんな風に貼り出されてないよ。一体、誰に使いたいんだろうねぇ」
《主よ……ニヤけているぞ》
いったい誰に使って、どうしたいんだろうと下世話なことを考えてしまう。その上、二人の良い試験になると喜ぶのは不謹慎に過ぎるだろう。それでも、ファナにとってはただの暇潰しでしかないのだ。
「やっぱり、お茶会出て見るんだったかな」
《敵情視察か?》
「必要だと思わない?」
ファナはギルドをそれとなく見回す。すると、多くの人に紛れて怪しげな者達が潜んでいるのが確認できた。
「トマとノーク、目を付けられたみたい」
《ほぉ》
「こんな状況じゃ、優秀な薬師は引き込みたいんだろうね」
フリーの、旅をしながら修行をしている薬師ならば引き込みたいし、どこかに所属しているのなら、どれほどの腕で誰に雇われているのかを特定する。
お抱え薬師のレベルは貴族社会において、とても重要なものとなってくるのだ。
「毒薬を使われるなら、解毒薬を調合できる薬師が必要だもの。薬師の戦いって感じ?」
《巻き込まれたくないものだな》
「だね〜」
こちらに、もしも仕掛けられたとしたなら問題はない。だからファナも呑気なもので、あくまで他人事としか認識していない。しかしそこで、不意にトマとノークに近付く者がいたのだ。
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一体何者か。
次回、月曜15日0時です。
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