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第三部 181 相変わらずシスコンです

2017. 12. 11

ファニアヴィスタ・ハークス。それがファナの本来の名前だ。


ハークスはラクト王国の侯爵家。現当主はラクトバル・ハークス。愛称ラクト。王国と同じ愛称になるよう両親が意図的に付けたらしい。両親に野心があった事は、これだけでも充分に感じられる。


当然、これほどあからさまになれば、国も気が付く。元々、これまでのハークス家の者は、傲慢でクズな貴族を地でいっている者ばかり。そこに民思いな優秀で、まともなラクトがいれば、国は好機と見る。


ラクトも両親には恨みや言いたいことが山ほどあったので、これを上手く使い当主の座を父親から奪い取った。こうして、二十代の若い当主が誕生した。これがファナの実兄だ。


そんなラクトだが、当主としての威厳も、領主としての能力も人望もあるけれど、たった一つ欠点がある。


それはシスコンであるということ。


「ファナっ。また一人で出かけたのか? 一人では危ないから、お兄ちゃんを誘うようにといつも言っているだろうっ」

「ちょっと町に買い物に出ただけじゃん。どこに危険があるって言うのよ。魔獣も盗賊も出てこないじゃん。シルヴァもいるし、間違っても危ないことなんてないよ」


あまりにラクトがファナを構いすぎるために、侯爵家の継嗣としての品位がどうのと考えた結果、ファナは幼い頃に両親によって森に捨てられたのだ。


しかし、それを師匠であり、育ての親である異世界の魔女『渡りの魔女』に助けられ、戦い方や薬学を教わった。


《またやっておるのか》


そう呆れたように言うのは、相棒にしているシルヴァだ。このシールス大陸に棲む三体の神獣の内の一体。普段は小さな猫のサイズでファナの足元にいる。尻尾が二股になっているので、普通の猫ではないのは良く見れば分かるだろう。


本来の姿は白銀の毛並みを持つ獅子だ。この大陸では伝説の『白銀の王』と恐れられており、大人二人を余裕でその背に乗せられる大きさだった。


「ある! ファナは可愛いんだっ。攫われたらどうするんだ!」

「……実質シルヴァより強い私にその心配って必要?」

「可愛いのが問題なんだっ」

「ソウデスカ……」


どうしたらこの兄の腐った目を潰せるのだろう。


「はぁ……やっぱ人がいっぱいいる町ってヤダなぁ……山に帰ろうかな……」

《シャー》


師匠と暮らした大陸中央にある山脈。その頂上にあった小屋は、師匠手ずから壊してしまったと聞いている。しかし、ないなら作ればいい。今までも、山で何不自由なく暮らしていたのだ。ファナ一人でもできなくはないだろう。


その呟きを拾い、小さな羽で飛んできたドランをあやしながらシルヴァが意見する。


《帰るにしても、すぐには無理そうだがな》

《キシャ?》


ドランは三つの首を持つ異世界のドラゴンだ。卒業試験にと、師匠によって呼び出されたもので、本当は倒すつもりだったのだが、そのままペットとして仲間にした。


本来は家など突き破る大きさだが、普段は動きやすいように小鳥ほどの大きさになって、シルヴァの背中に乗っている。


「兄さんのこと?」

《あれの目を盗むのは至難の技だ。さすがは、前世魔王というところか》

「……面倒な……」


ラクトは、前世の記憶を持っているらしい。そして、ファナへの異常な執着ぶりは、そこからきている。


ファナはファルナという名で魔王の娘として生きていたらしい。そこで、何があったのかは、はっきりと聞いてはいない。だが、時折夢に見るのか、兄の狼狽ぶりを見ると、殺されたか不慮の事故かという所だろう。ファルナが寿命で死んだのなら昼過ぎまでくっ付いて離れないという事態にはならないはずだ。


まぁ、昼までくっ付いたままにするのは稀である。その前にファナが鬱陶しいとキレて投げ飛ばす方が多いのだ。


そんな日常を送りながら、この屋敷に帰ってきて半年ほどが経った。


ファナの日課としては、朝食が終わるとハークス家の薬師、トミルアートと魔女の弟子であるファナの弟子になったノークと共に昼まで製薬作業をする。


これらは領内の冒険者ギルドに卸され、販売される。ただ、これはファナがやらなくても二人で充分なものなので、多くはラクトに言われダンスや歴史について学んで過ごす。


運動神経も良く、頭も良いファナは、これらをただの暇潰し程度の気安さでこなしている。この時も時折ラクトが乱入してくるが、丁重にかつスピーディに部屋の外に叩き出している。


そして、昼からは薬師の二人に講義。『渡りの魔女』から教わった薬や病の研究を行っている。


山でサバイバルをしながら、幼少期を過ごしてきたファナとしては退屈極まりない日常だ。外の空気を求めて買い物に出かけるくらい許されてもいいだろう。


そんな味気ない一日を、今日も何となく過ごそうとしていた時だった。


家令のジェイクが難しい顔でファナを呼びに来たのだ。案内されたのは、ラクトの執務室。机について書類を片手に持ったラクトは、なんだかそれが板に付いているようによく似合う。


そんな一面だけならば、好ましく尊敬できる兄と言えるだろう。


「どうかしたの?」


ちょっと兄に見惚れていたファナは、それにラクトが気付く前にと声をかけた。


「面倒な事になった。これを読んでみなさい」

「うん……」


本当に、これがいつでもフルスロットルな兄かと疑いたくなる様子に、ファナは少しドキドキしながら差し出された手紙らしいものを手にする。


「……舞踏会の招待状? 私に?」

「そうだ……っ、私の完璧に可愛らしいファナを、衆目に晒せというっ……なんたる要求! そんな勿体ない事ができるか!!」

「……ジェイク、落ち着いたらまた呼んでくれる?」


いきなりスイッチが入った。せっかくカッコいいとか思ったのに台無しである。この場合の選択は二つ。落とすか撤退かだ。しかし、神聖にも感じられる大事な執務室を汚すのは忍びない。よって、ここでの選択は撤退のみ。


「いえ、もう少々お待ちくださいっ。ラクト様っ、ラクト様! ファナ様が引いておられますよ!」

「はっ! ファ、ファナ。お、落ち着くから出て行くとか言わないでくれっ」

「……なら説明……」

「任せろ!」


必死過ぎて、先ほどよりも引いたのには気付いていないようだ。


「そ、それでだな。あのクソ勇っ……いや、この国の王子が婚約者を探していてな。そのための舞踏会に貴族の令嬢は参加することになる。年齢は十二歳以上だ。だから……」


このラクト王国の第一王子。フレット・ラクトフィール。騎士団も持っており、それなりに実力もある。ラクトとは学友で、フレットはかなりラクトを友人として慕っている。


学力、戦闘力、人望。そのどれもが最高レベルといっていいほど有能なラクト。そんなラクトに憧れのようなものを持っているようだ。


しかし、当のラクトは、前世関係でフレットを嫌っている。どうやら、勇者として敵対した者の生まれ変わりらしいのだ。


「私もってこと? でも、私の公式記録って死亡扱いになってなかった?」

「そんなもの、どうとでもしたに決まっている! 私のファナが死んだなどと縁起の悪いっ」

「……余計なことしたね……」


そのせいで今回呼ばれたのではないのかと責めるような目を向けてやった。


「うっ……うぅ……」

「ファナ様、ファナ様。あまり強い打撃はお控えをっ。この後の執務に差し支えます」

「だってジェイク。これ、めちゃくちゃ面倒じゃん。死んでることにしとけば、好き勝手できるのに」

「……いえ、何をなさるおつもりです?」

「色々?」


家令のジェイクが弱った顔を見せているが、それには構わずファナは思考に沈む。


なんだか本気で面倒なことになりそうな予感がするのだ。



読んでくださりありがとうございます◎



バカ兄復活です。



次回、月曜18日0時です。

よろしくお願いします◎


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