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180 行ってくる

2017. 11. 27

ランドクィールは痛みも忘れて声を上げる。


「ファナっ、なぜ来たんだ!」


心配で心配で怒りが湧いてくるなど初めての経験だった。


「ちゃんと姉様達に後はお願いって頼んできた」

「っ、帰りなさい!!」


こんな風に怒鳴りつけたのも初めてで、この状況でなければ良かったのにと思う。


「嫌!! ノバもバルも死んだ! お父様まで何かあったらやだ!」

「っ……」


分かっていた。ノバとバルトロークの気配は確かに消えたのだ。それが死を意味することは間違いなかった。


けれど、自分だってファルナまで失ったらと思うと怖くて仕方がない。


「それでも帰るんだ!」


そうして叫んだ時、男がランドクィールに向かって、再び駆け出してきた。


この距離では応戦する方法は決まってくる。それでも光の矢をまた瞬時に出現させたのは、魔王としての実力が成せる技だ。


怯んだ隙に、今度は剣とする。


二合、三合と打ち合うが、どうしても傷が痛んで力が入らない。治療魔術は苦手だ。それほどこれまで経験してこなかったのが災いした。何より、こんな底の知れない相手を前に、魔力を無駄遣いできない。


しかし、ゆっくりと、着実には回復していっている。時間がかかるだけだ。


一方、同じぐらい傷付いているはずの相手は、傷の痛みをまるで感じていないかのような重さの斬撃を繰り出してくる。恐らく、予想通り感じていないのだろう。なぜだと考えるのもバカらしい。


瞳にはギラギラと光る欲望しか見えない。ただランドクィールを倒す。それだけの一念がこうして動かしているようだ。


押し負ける。そう思った時ランドクィールと男を離すようにファルナが剣を差し入れた。そのまま男の足下の方へ向かって斜めに斬り下ろす。


《っ!?》


男が混乱したように見えた。そして、素早く後退していく。三度ほど後ろ向きで床を蹴り、元の位置よりは前方で止まる。ランドクィールの間合いのギリギリ外だ。


突っ込んできたファルナはといえば、いつの間にかランドクィールを庇うように、目の前に背を向けて立っていた。


「ファナ……っ」


ランドクィールにとっては、まだまだ小さな背中だ。抱き締めれば腕の中に納まってしまうほど小さい。けれど、今ファルナが纏う気迫は、誰も近付く事を許さないものだった。


ファルナは静かに誰に言うでもなく呟く。それはきっと自身に言い聞かせている決意だ。


「お父様はこの国を守らなきゃいけない。死んじゃダメ。だから、私がお父様を守る。誰にも奪わせない。私のお父様を二度とっ」

「ファナ……」


名を呼んでも、その耳には届いていないかもしれない。それでも呼ばずにはいられなかった。大切な大切な娘が自分を守ろうと、国を守ろうとしてくれている。それが嬉しかった。


ランドクィールは、全てをたった一人で守っているような気がしていた。けれど違うのだと今更気付く。自分はどれだけ無為に長い時間を過ごしてきたのだろう。


ノバやバルトロークが命をかけて守ろうとしてくれたのは、自分と国だ。そんなことは分かっていたはずだった。けれど、理解してはいなかったのだ。自分一人でやれると思い上がっていた。


これからはもっと周りを頼ろう。今気付けて良かったと思う。


その時、ファルナが突然駆け出した。男の持つシャウルの欠片がまた一段と怪しい光を増していたのだ。


ファルナは接近戦の方が得意だ。弓も持っていたはずなのに、それはどこかに放ってしまったようだ。剣は今のファルナには合ってはいない。よく見ればその剣はバルトロークのものだ。大剣ではないが、長い。


剣に振り回される分もあるが、ファルナは上手くバランスを取り、振り回される力も利用していた。


「凄い……」

「ファナちゃん……」


声が聞こえた。それは勇者の二人だ。呆然と、立ち上がる事はできないらしく、肩や腹を押さえながらファルナと男の様子を見ていた。


間違いなくファルナを知っている者達なのだろう。やって来たのが彼らだけならば良かった。きっと有意義な話し合いも出来ただろう。


そうして、二人に目を向けている間にも、ファルナは理解しているのか、シャウルの欠片を重点的に狙って砕いていく。


何度目かのその一撃で、不意に欠片が強く光った。ゾワリと背筋が震えた。


「ファナっ!!」


離れろと言う余裕はなかった。魔術の展開さえ追いつかない。光に弾かれ飛んできたファルナを辛うじて抱き留めた。


「くっ……」

「うっ、父様……」


息が詰まったが、無事でホッとした。次いで男の様子を確認しようとして目を向けると、既にそこに男はいなかった。


青黒い炎が男を焼いていたのだ。それも一瞬にして、砂が崩れ去るように男の形が崩れるのを見た。焦げ臭いと感じた時には、灰となっていたのだ。


そして、その場所の上に男の持っていた剣が同じ色の力を纏って浮いていた。切っ先はランドクィールを……否、ここまで追い込んだファルナを狙っていた。


抱え込もうと動くより先に、その剣は動き出した。その時、不意に熱が離れる。ファルナが剣を持って立ち、持った剣を横に向けていた。


「ファっ!!」


赤い血が舞った。目の前で背を向けるファルナのその小さな背中から剣の先が突き出ていた。


けれど、この距離ならば間違いなくファルナと共にランドクィールも貫かれていただろう、そう、柄の根元までファルナに深く刺さっていれば確実にやられていた。


ファルナは持っていた剣で柄を留め、寸前でそれを食い止めたのだ。


信じられない光景を目にして、ランドクィールは瞬きさえ上手くいかなかった。目の前でゆっくりと剣が引き抜かれる。


その際に溢れ出た血がかかるのは気にならない。そして、崩れ落ちながらファルナは最後の力で剣に付いていた欠片を剣で叩き割った。


そして、ファルナは動かなくなったのだ。


「……ファナ……?」


倒れてきたファルナを受け止める。けれど、もう鼓動も感じられなかった。


何が起こったのかわからない。どうしてファルナは動かないのか。なぜ閉じた目が自分を見ようと開かないのか。わからない。今何が起こっただろう。


そこへ、イーリアスと婚約者達がやってくる。きっと、欠片の力を察知して心配になって来たのだろう。多くの騎士達もいるのか、鎧や武器が擦れ合う音も聞こえた。


イーリアスが声を上げる。


「っ、王……姫様っ……!っ」


狼狽したようなそんなイーリアスの声を初めて聞いた気がする。そこで、やっとファルナが死んだのだと理解する。


どうしてこうなったのだろう。そう思っていれば、また声が聞こえてくる。


「ファルナ……? 嘘だろう……?」

「そんな……っ、そんなこと……っ」


誰の声かなんて、顔を上げなくても分かる。許せないという怒りが沸々と湧き出すのを感じた。けれど、ファルナを見れば怒りに任せてはいけないと冷静にもなる。きっとファルナは望まない。ならばと思い、それでも魔力をありったけ込める。


「お、王!?」


そして、この大陸全てを包むように力を放出した。静かな宣言と共に。


「出て行け……」

「え……」

「っ……」


残されていたフィムルとトルマは次の瞬間にはこの場から消えていた。この場から見えはしないが、ランドクィールの意識は、大陸から離れた場所で待機するあちらの船も捉えていた。


その船も、更にあちらの大陸生まれの語り部達までもこの大陸から弾かれ、西の大陸の海岸へと飛ばされて行ったのだ。


静かに大きな力によって西側に不可視の壁ができる。西の大陸の者を誰一人通さない壁だ。それを、ランドクィールは持てる力を全て使って成した。自身の命を削り取ると知っていても。


「……王よ……」


イーリアスはランドクィールに近付いて言葉を待つ。もう時間もないと分かっているのだ。


告げたのはただ一言。


「国を頼む……」

「はい。お戻りになる時をお待ちいたします」


その言葉は予想外で、死んでいく心に響いた。だから、顔を一度だけ上げる。そこにあったのは、自信に満ちた笑みと瞳。


「なんだ、それは」


笑えた。戻るとはなんだと。けれど、後ろに並んでいた女達も騎士達も同じ顔をしている。まるで行ってらっしゃいと気軽に見送る時のようだ。


ならばそれも良い。


「ああ……少し留守にする……」


そう言いながらファルナの顔を再び見つめる。その時は一緒に帰って来よう。そう決めてその言葉を最期に、ランドクィールの意識はゆっくりと暗闇に沈んでいったのだ。



読んでくださりありがとうございます◎



過去編終了。

次は現代へ戻ります。



次回、一週お休みをいただき

再来週月曜11日0時です。

よろしくお願いします◎

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