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176 それぞれの決意

2017. 10. 30

九尾と名乗ったイリタは、このままここにいれば、ファルナ自身が危ないのだと言った。けれど、そんな事よりもランドクィールが死ぬ未来が見えているという事の方がファルナには重要だった。だから、ファルナは首を横に振った。


「できないよ。だって……ノバは死んだ……ノバは父様の大事なお友達。そのノバが死んだんだ。父様をこのまま一人になんてできない。何より、間違いなくこいつらは殺す気でここへ来てるってわかったんだ。引けないよ」


自分に何が出来るかは分からない。けれど、ランドクィールが死ぬと分かって、このまま帰れるほど薄情ではない。ランドクィールがファルナを本当の娘のように思っているように、ファルナにとってランドクィールは大切な父親なのだから。


「助けてみせる。私の父様を、また殺させたりなんかしない」


二人目の父親。それをむざむざと失くすほど、ファルナはもう幼くはない。


「たった数人で乗り込んで来たから、話し合いに来たんだと思ったのに……どうしてあっちの人達はこうも傲慢になれるのか……」


こうしてここへ来た騎士がノバを殺したのだ。王であるランドクィールとただの話し合いをする為に来たわけではないのは明らかだ。


ランドクィールは、できれば和平をと願っていた。それは、この数年で十分に理解できた。そもそも、この大陸の者達は寛大だ。許すことを知っている。


今生きている者達の親が自分達の親を殺していたとしても、その血縁全てを恨む事はしない。罪があるのはその親であり、その人がもうこの世にいないとしたら、子どもにまで罪を引き受けさせるつもりはないと割り切っているのだ。


実際に西の大陸の戦った相手は、もう完全に世代を入れ替えてしまっている。恨む相手はいないというのが、この大陸の人々の見解だ。


《短命な奴らは短絡的というのはただの偏見かもしれんが、まぁ、確かにこの状況でこれから話し合いなんてことにはならんのは、未来を見なくてもわかるな。なら……守ってくれるか? この大陸を》


九尾は神獣だ。大陸を守護し、世界を安定させる使命がある。ただ存在するだけでその役目を果たせてはいるが、守護する大陸に住む者達が心安く生きてくれる事を願っていた。仮にも守護する場所。笑顔で幸せに生きて欲しいと思うのは当然だろう。


真摯に見つめてくる九尾。ファルナはその心情を瞳から読み取り頷いた。大陸を守るという事は、その王であるランドクィールを守るという事だとそこから感じ取ったのだ。


「守りたいよ。こんな私を受け入れてくれた人達が生きる場所だもの。大切な人達が沢山いる。だから、守るよ」


九尾に背を向け、ファルナは再び馬に文字通り飛び乗るようにして跨る。


《……ありがとな……》


そんなファルナの背中に小さな九尾の言葉が届く。けれど、振り返る事はできなかった。そこには九尾だけではない。ノバもいるのだ。再びノバの顔を見たら、守るなんて事よりも、侵入者達を殺したいという事の方が優ってしまうと思ったからだ。


それでもファルナはこれだけはと願って言葉を紡ぐ。城内を本気で駆ける馬の背では、すぐにその言葉は風に解けて消えてしまうとわかっていても言わずにはおれなかった。


「来世で会おうね……」


たった一言。大好きだった兄のような人が、迷わず来世へ旅立てるように願ったのだ。


◆◆◆◆◆


一方、ファルナが城へ来た事に気付いたランドクィールは、九尾が説得してくれるのを願っていた。


ノバが死んだ。それが急激にランドクィールの心を冷やしていく。寒いと感じるほど、血の気は失せ、体は震えていた。


「っ……ノバっ……馬鹿者が……っ」


弟達はどうするのだ。あの手の掛かる母親はどうなる。そんなノバへ対する怒りが頭を巡った。混乱しているのだ。


この国では、人の寿命が驚くほど長い。だから、死ぬという感覚がそれほど身近には感じない。身内の死でさえ、一世紀に一度あるかないかだ。だから、こんなにも突然訪れた友人の死を、受け入れられなかった。


「……ファルナ、早く逃げろっ」


怪我であっても簡単には死なないのがこの大陸の者達だが、ファルナは違う。本当に無力な子どもなのだ。


「頼むっ……」


ランドクィールは、かつてないほど願っていた。きっと自分はファルナを亡くしたなら、正気でいられないと思った。この数年、ファルナは本当の娘のように愛しい存在になった。


無条件で庇護しなくてはならない存在。自分がどうなってもファルナだけは生きて欲しいと願うほど、大切な存在だ。だから、ノバが死んだという衝撃も、だんだんとファルナが死ぬかもしれないという不安と恐怖に塗り変わっていく。


そして、ほどなくして今度はバルトロークがこの世から消える。


「っ……」


大切な友人がこの世から二人も消えてしまった。怒りが湧き出す。魔王である自分がその膨大な力を暴走させないよう、日頃から怒りの感情には気を付けている。


感情に飲み込まれ、力のままに振るえばこの大陸さえ吹き飛んでしまうだろう。けれど、湧き出した怒りの感情は、抑える事が出来ない。否、抑えたくなかった。それほどまでに衝撃は強かった。これに、更にファルナまで殺されてはたまらない。


だから、ランドクィールは、扉を開けやってきた勇者達を、殺すつもりで玉座から静かに怒りのこもった瞳で睨みつけたのだ。


それは正に、西の大陸の者達が言うところの悪の象徴である魔の王にしか見えなかった。


読んでくださりありがとうございます◎



運命の対面の時。



次回、また来週月曜6日0時です。

よろしくお願いします◎


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