174 決めました
2017. 10. 16
ファルナは帰ってきてすぐに王都の東にある街に避難させられていた。
「大丈夫ですよ姫様。王が何とかしてくださいます」
「……うん……」
城の者達は城の政部機関から丸っとこちらに移っている。元々、この街は王都に何かあった時の避難用に作られた街で、いつもはただの小さな街としか思えない所だが、今は仮設の家々が立ち並び、問題なく王都にいた人々を受け入れられる大きな街となっていた。
そうして、移り住んでから二日。何事もなく人々は避難生活を送っており、王がどうにかしてくれると信じて疑わない。
「イーリアス様」
ファルナの傍にいる宰相のイーリアスは、当然ながら王の不在時と同じように忙しく立ち回っていた。
今も部下達が次々と持ってくる書類を両手に持って見比べるように処理している。
「……イー様、手伝うよ」
「姫様……分かりました。資料班の元に行ってこれらのものを受け取ってきてもらえますか?」
「うん」
城に残っているランドクィールを心配して膝を抱えている事には疲れた。そんなファルナの心情を理解して、イーリアスは普段通りファルナをお使いに出す事にした。
たった数日ではあるが、ランドクィールとこんなに長く顔を合わせないのは初めてだ。思えば、城に連れてこられてから一日として顔を合わせない日はながった。
イーリアスの書き付けを持って、ファルナは城から移動させた資料をまとめている資料班のいる建物に向かう。
持ち出せたのはそれほど多くはないが、普段必要となるだろう資料は問題なく持ち出していたのだ。
そうして、街中を駆けるファルナ。周りには兵や騎士達が配置されており、物々しさを感じる。城を警備している時よりも厳重なのは、仕方がない。
資料班にイーリアスから頼まれた物を受け取り、本部に戻ろうと足を進めるファルナの耳に、兵達の会話が届く。
「……バルトローク殿とノバ殿が城に向かったらしい……」
「あのお二人は王の幼馴染のような方達だからな……」
「……」
ファルナは思わず立ち止まった。バルトロークもノバもファルナにとっては、兄のような存在だ。そんな二人と、大切な義父が危険だという場所にいる。
胸の中が温度を一気に下げていく。その温度にぶるりと体を震わせた。
そして、しばらく足を止めていたファルナは、静かに呼吸を落ち着けると、決然とした目を光らせて前を向いた。
駆け出したファルナは、イーリアスへ資料を届けると、少し出てくると言って部屋を出た。
そんなファルナを不審に思うことなく、イーリアスは苦笑を浮かべながらも見送った。
部屋を出たファルナは、まっすぐにとある場所へ向かう。この街一番の宿屋。その一階にある宴会場。
そこでは美しい女性達が集まっていた。定例のお茶会。一年と少し前から始まった毎日行われるその習慣は、この街へ来ても変わらず行われていた。
「失礼します。お姉様方」
そう声をかけて部屋に入ると、女性達は男ならば少年さえも骨抜きにしてしまえるような笑みを見せる。
「まぁ、姫様」
「いらっしゃい。今、席を用意するわ」
「姫様の好きなソンルーの実を使ったケーキがあるよ」
「紅茶でいい?」
などなど、多くの言葉がかけられる。この場にいるのは八人の美女達。
全員がランドクィールの妻候補だ。言い換えれば、ファルナの義母になる人達ということになる。
「どうかしたの?」
「少しいつもより顔色が良くないね」
「調子は悪くない?」
ほんの小さなファルナの変化を捉え、美女達は心配そうにその八対の目を向ける。
「大丈夫です」
はっきりと答え、ファルナは用意された席に座る。そして、ここへ来た目的を告げた。
「お姉様達にお願いがあって来ました」
ファルナにお願いがあると言われれば、美女達は本当嬉しそうに目を細める。実は、彼女達は王妃という地位が欲しいわけではない。
ランドクィールはまだ妻をとるつもりはなかった。まだと言ってもあと百年近くはという意味だ。
だから、候補者などおらず、そんな素振りさえ見せずにきた。しかし、ランドクィールは周りに言われ、気が変わった。それは一年ほど前のことだ。突然、ファルナにこんな事を言った。
『ファナ、お母様が欲しくはないかい?』
ファルナはランドクィールや、周りの人々に幼い子どもと認識されている。もちろん、まだ十にもなっていない子どもなのだから、その認識が間違っているとは言えないが、長く生きる彼らからすれば、間違いなくまだまだ幼い子どもなのだ。
だから、母親は必要なものだという考えに至るのは不思議なことではない。しかし、ファルナの母親となるということは、ランドクィールの妻。つまりは王妃となる事だ。ファルナに必要だからと、簡単に用意できるものではない。
だが、ランドクィールは数日後には八人の美女達を揃えていた。元々、密かに候補としてイーリアス達が目を付けていたらしいのだ。もちろん、本当の候補とするには時間があるので、八人から三人ほどに予定とする時期までに絞り込むつもりでいたようだ。
そして、彼女達は言った。
『どうぞ、私達から姫様の母となる者をお選びください』
彼女達はランドクィールの妻というより、ファルナの母になりたかったらしいというのは、ファルナは知らない。
そんな彼女達から一人を選べるわけもなく、今もまだ母親候補ということになっている。よって、母としては若すぎる見た目の美女達を、ファルナは姉と呼んで慕っていた。
「それで、お願いとは?」
彼女達は期待の目でファルナを見つめる。可愛い娘のお願いなのだから、叶えないわけにはいかないとその目は語っていた。
そう、彼女達は決められないならと、全員がファルナの母親というか、姉として接することにしたのだ。
そんな優しい彼女達に、ファルナは口を開いた。
「私がいなくなった後、父様を……この国をお願いします」
「「「……」」」
黙ってしまった彼女達に構わず、ファルナは続ける。
「来ているのは、私の存在を知っている人達かもしれない。間違いないのは、その人達が西の大陸の人達だってこと。私が追い返します。あの大陸の人達は、この国の王が悪だと決めつけてる。父様が危ない」
ランドクィールだけはなんとしても助けなくてはならない。絶対に、王を魔王を討ち取らせるわけにはいかないのだ。
「私は行きます。ここをお願いします」
そう言ってファルナは困惑する美女達に頭を下げたのだ。
読んでくださりありがとうございます◎
美人な母候補達です。
次回、また来週。月曜23日0時です。
よろしくお願いします◎




