172 勇者一行
2017. 10. 4
その一行は、僅か五人で東の大陸へとやって来た。
「勇者殿。我らの力は、確実に魔族よりも上回っております」
「……ああ……」
五人ではあるが、それが仲間かといえばそうではない。勇者と呼ばれた青年が仲間と言えるとしたら、それは同行している一人の女性だけだ。少女から女性へと変わったばかりの若い女。
その女は、キッと美しい表情をキツく顰め、三人の騎士達を睨んだ。
「確認は十分よね? この人は悪者には見えないわ。解放してちょうだい」
女が示したのは、息も絶え絶えになった大漢だ。先ほど通った町で、一番強い者だと言われた男。彼は三人の騎士達にの卑劣な暴力によって倒れたのだ。
「何を言う。魔族とは総じて悪。何より、このまま晒し者にしながら進めば、我らに無駄な争いを仕掛けようとする者はいなくなるだろう」
正当な理由を、それらしく言ってはいるが、痛め付けた男を下劣な目で見ているのが気持ち悪い。
「こんなのが騎士だなんて……最低」
女のそんな呟きは、隣にいた青年にしか聞こえなかった。
憤慨する様子を見せる女を押しとどめるように、青年は声をかける。
「トルマ、俺が言う」
「フィム……いいわ。勇者様の言葉なら聞くかもね」
青年と女は、同じ村の出身だ。共に十八歳。才気あふれる若者達だった。二人はたった数年でその才能を開花させた。
この二人には、西の大陸の者達は敵わない。女は神速とまで言われる剣撃を二本の短い剣で可能にし、青年は振るえば自身の筋を壊すほどの力を発揮する神剣を、ただの剣として扱う事ができた。
神に選ばれた戦士。
そう呼ばれ、二人は魔族討伐隊としてこの大陸へやって来た。
「離してやってくれ。力は理解できたはずだ。それに、俺たちの目的は魔王に会う事だろう。王都と呼ばれる場所まではまだまだあるらしい。無駄に体力を消耗するのは避けるべきだ」
「確かに……勇者殿の言う通り……このような者を引きずって歩くのは無駄な労力ですな」
そう言って、騎士はあっさりと男を解放した。とはいえ、ここは町から離れた森の中。瀕死の男をこんな場所で解放するのはどうかと思う。だが、それを言えば、騎士達は殺してしまえば良いとするだろう。ならば、とりあえず離れるべきた。
「……先を急ごう。トルマ、周りを見て来てくれ」
「分かったわ。先へ行ってちょうだい」
トルマはフィムルが言いたい事を理解した。森の中で鍛えた駿足は、騎士達に追い付かれるものではなく、すぐに姿を消すことができる。
「おお、やはりお速い……」
感心している騎士達を連れ、フィムルは素早くこの場を離れる。実際、フィムルには周辺の様子を気配で感じ取れる力があるので、わざわざトルマを偵察に行かせる必要はない。
それをあえてやらせたのは、痛め付けられた男のためだ。
騎士達が振り向いてもその男を視認出来ないほど離れると、トルマが彼に近付いた。
「ごめんなさい。これを飲んでください。魔女様の回復薬です。あのような者達と行動している私の言葉など信じられないとは思います。けどっ……あっ、毒味として私が一口飲みますからっ」
トルマは先ほどは一切見せなかった弱った様子を見せる。これが彼女の本来の姿だ。優しく、慈愛に満ちた、本来ならば戦いなど好まない女性。
それが男には分かったのだろう。
「っ……いい……ありがとう……いただくよ」
「っ、はいっ。ゆっくり、ゆっくり飲んでください」
「うっ、くっ……んっ……ふぅ……痛みが消えた……」
男が薬を飲み干すと、優しい光が男を包み、次の瞬間には、男の体にあった傷が消えていた。信じられないと目を見開く男。それを見て、トルマはふわりと魅力的に笑った。
「良かった」
「~~っ……お、おう……世話かけたな」
「いいえっ。こちらが悪かったのですっ。本当に申し訳ありませんでしたっ」
トルマは地面に直接座り込み、深く頭を下げた。これには男も慌てる。
「いやいやっ、あんたが悪い人じゃないのはわかる。けど……一体、なんであんなのとあんたは一緒にいるんだ?」
「それは……」
男には不思議でならなかったのだろう。自分を痛め付ける所を、トルマは見ることしかできなかった。けれど、その視線には嫌悪と申し訳なさが滲み出ていたのだ。
三人に拘束され、ただ痛ぶられるだけだった男。それほど抵抗しなかったのは、トルマと一緒にいたフィムルの二人の瞳に、仲間であるはずの三人へ向ける侮蔑の念が見えたからだ。
トルマは、男に話すことにした。
「私達は、西の大陸のものです。ここへは、魔王と話し合うために参りました。永久の和平をお約束いただくために……」
「王に……」
そう、そのために国々から見送られ、この大陸へやってきた。しかし、それは表面上のもの。共について来た騎士達は、王を……魔族を殺そうとしているだろう。もちろん、それは二人が阻止するつもりでいる。
あんなお荷物を抱え込まなくてはならなくなるというのは、計算外だった。忌々しい儀式を行う教会に取り入り、勇者とその共としてこちらへ送ってもらうだけの手筈だったというのに、教会はこちらの思惑に気付いたらしかった。
「この大陸までの航路を確保する為、あれらと行動を共にしなくてはなりませんでした。国は騙せても、教会は騙せなかった……ただ、私とフィム……もう一人の仲間は交渉の為だけに来たのではありません。幼い頃、こちらの大陸に流された私達の妹を連れ戻すために来ました」
「妹……そうか」
男には、二人がただの侵略者に見えなかった理由が分かった気がした。そこで不意に思い出した。
「その、妹さんはいつ頃?」
「え、あ、四年前です。まだ六歳でした……」
それを聞いて男は笑顔を見せた。
「それならファナちゃんか」
「えっ!? ファナを知っているのですかっ!?」
トルマが摑みかかる勢いで、男に迫った。それにドギマギしながら男は答える。
「あ、ああ……王の娘になったファナちゃんだろ?」
「……王の娘っ!?」
「そうだ。城に行けば会えるだろうよ」
「っ! ありがとうございますっ!」
トルマは男に心から礼を言うと、フィムルと合流すべく駆け出したのだった。
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