171 迎える準備を
2017. 10. 2
ランドクィールは、おかしな気配を少し前から感じ取っていた。
「どうされました?」
部屋にいたノバが、ランドクィールの怪訝な様子に気付いて声をかける。
「ああ……何かが近付いてきている……ような……」
「はぁ……?」
ランドクィールの独り言とも言える答えに、ノバは困惑するしかない。
その時、ヒョイっと部屋に窓から唐突に何かが入り込んできた。
「えっ、これは、イリタ? どこからっ!?」
長い胴とその胴と同じくらいの太さと長さの尻尾。短い手足に丸く小さな顔。畑では害獣ともなる。そんなイリタが一匹、執務室に入り込んできたのだ。ただ、この辺りにはいないはずである。
「九尾……どうした?」
「えっ、ラク様っ!?」
自然に真面目な顔でそうイリタへとランドクィールが尋ねるものだから、ノバはどうしたことだと慌てる。
まさか、ファルナがいない事での禁断症状が、もう危ない所まで来てしまったのではないかとノバは青ざめたのだ。
しかし、そんな心配は杞憂であり、その証拠にイリタは普通に言葉を発した。
《緊急だ。向こうの大陸から数人、入ってきた。そいつら、まぁまぁ強い。空の欠けらを持っていやがるからな。兄ちゃんはともかく、他の奴等じゃぁ、ちょい危険かもしれん》
「空の欠けら?」
《ここにあった石の欠けらだ》
「シャウルか」
このイリタは黒霧やひと角と同じ神獣の一体。九尾だ。
《もうじきにここへ来るだろう。狙いは兄ちゃんだ。ここにいる奴等を避難させるんだな。死ぬぞ》
「……それは確定されているか?」
《ほぼだな。急いだ方がいい》
「分かった」
話は付いたと、ランドクィールはノバへ命を出す。
「すぐに城の者達を退避させろ。町の者達も東側へ」
「ちょっ、ど、どういうことですっ?」
いきなりの話に、ノバは動揺を隠せない。事情も全くといって言いほどわけがわからないのだろう。
《あ〜、あんた、あの騎士さんと違うのか。悪かったな。ちょい、良くない未来が見えたんよ。あんさんも、兄ちゃんが死ぬかもしれんと思ったら嫌だろ》
「兄ちゃんとは……ラク様のことですか……?」
《おう。このまま城に他の者がいれば、間違いなく惨劇が起きる。俺の主人に、そんな惨状を見せる気か?》
このままではそれが現実となると言われれば、ノバも気を引き締める。
「分かりました。避難させます。ラク様も……」
「いや。私はここに残る。どういうつもりで来たのか。それを聞かねばならん」
「ですがっ」
「私を狙っているのだ。私を探して、他に被害が出るのは困る。ならば、ここにいるのが最善だ。民達を頼むぞ」
「っ……はい……」
ノバは応えながらも、納得したようには見えなかった。それが気にならなくはなかったが、ランドクィールは今後の事も視野に入れ、迎える準備を開始する。
こちらから行かないのは、危険だとしてもこの王都まで来たという事実を彼らに与えるためだ。
王であるランドクィールを狙っているということは、立派な侵略行為だ。しかし、追い出すにしろ、王都へたどり着いたという成果を与えるのは、今後の被害を最小限にするために必要な事だと考えた。
《人同士の戦いに、首を突っ込むつもりはないが、主人の身が危険にさらされるならば別だ。協力するぞ》
ノバが出て行ったのを見送った後、そう言われた。これに、ランドクィールは苦笑する。
「いや。私の事はいい。それよりも王である私と契約したのだ。すまないが、民達のことを頼まれてくれ」
《それでいいのか? 近くに居れば、未来の変動をすぐに教えてやる事も可能だぜ?》
九尾は未来視をする事ができる。確かに、そんな者が近くにいれば心強いかもしれない。ランドクィールは、だがと思う。
「王など替えのきくものだ。それに、ただでやられてやる程良い人ではない」
《まぁ、兄ちゃんほどの力があれば、何とかなるかもしれんが……人ってぇのは、個々に思考するものだ。予想外の事も起こるだろう。気をつけろよ》
「ああ」
九尾は窓から出て行く。きっと民達を守ってくれるだろう。未来が分かる九尾には辛い事もあるかもしれない。だが、これも契約の内だと諦めてもらうほかない。
「まだ来るまでには時間があるか……万が一のために準備は必要だな……」
重要な書類のある部屋には守りの術をかけなくてはならない。それと、万が一自分が動けなくなった時、国の運営に困らぬように代理と今後の政策を考えておく。
そして、彼らが到着したのは、それから五日後の事だった。
読んでくださりありがとうございます◎
いよいよ勇者と。
次回、水曜4日0時です。
よろしくお願いします◎




