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017 昔馴染み

2016. 9. 12

ファナの顔は、その人の胸元にあった。抱き付いた人の声と体格から若い男だと察せられる。


残念ながら、部屋の明かりが眩しくて、逆光となっていた為に、その人の顔は確認できていない。


しかし、男ならばとファナは自由になる足で、前にある脛を思いっきり砕く勢いで蹴った。


「痛ッ!!」


手が緩むのを逃さず、腕の拘束を解いて抜け出すと、痛みで屈みこもうとする男の横腹目掛けて、今度も思いっきり横へ薙ぐように蹴り飛ばす。


「ぐっ⁉︎」


しっかりと体を捻って繰り出した蹴りはかなりの威力があるようで、体勢を崩していた男は、そのまま廊下を転がっていった。


「……ちょっ、ファナ⁉︎」

「はっ、思わず痴漢撃退技をっ……死んでない?」


抱き付かれる意味が分からず、不安と危険を感じて体が動いてしまったのだ。勿論、防衛本能だ。


魔女から教え込まれていた技だった。しっかり身にしみていたらしいと、ファナは転がった男などもう忘れて、冷静に己の行動を分析していた。


「もっとこう、回転を加えて抉るようにしないと一発で仕留められないか……地獄に落とすんだもんね。うん。正当防衛は基本素手で、そして、止めを刺さなくて良いように一発で。大丈夫ですっ、師匠! 私、ちゃんと覚えてるよ!」


ぐっと右の拳を握り、天を仰いで見せる。天に届けといわんばかりだ。


まるで遺言を守ったぞと満足気に報告するように見えるのは、あながち間違いではないだろう。


そんなファナと、動けずにいる男を交互に見比べるバルド。


内心気が気ではなかった。混乱のあまり、未だに男をしっかりと確認していないが、ギルドマスターではない事だけは確かだと、密かに胸を撫で下ろす。


出てきた場所が場所だったのだ。まさかと思ったら、血の気が一気に引いた。


因みに、ここまで案内してきたギルドの職員は、真っ青になって扉の横で固まっている。


シルヴァとドランに至っては、欠伸をしながら廊下で丸くなり、事の収拾を待っているようだ。この惨事など、どうでも良いようだ。


そこへ、この二匹よりも更に呑気な声が部屋から響く。


「おやおや。だから僕が言ったでしょ? キサコさんの弟子なんだから、元気で強い子に育ってるよって。それと、覚えてない可能性が高いから、慎重に挨拶しなきゃダメだってば」


ゆったりとした足取りで出てきたのは、小柄で長い真っ白な髭のあるお爺さんだった。その声は高く、可愛らしい。円な瞳と、長年刻まれた笑い皺が、人柄の良さを感じさせる。


「オ、オズライル様っ。お久しぶりですっ」

「へ? このお爺ちゃんがここのギルドマスター?」


ユズルの町のギルドマスターであるブランは、言葉は丁寧だが、穏和には見えなかった。どちらかといえば厳格な、表情が出にくい顔をしていたのだ。


冒険者達を見ても、力自慢な大柄な体つきと、厳つい顔をしている。そんな彼らをまとめる役なのだ。近寄り難い見た目と雰囲気があるのが当然だと思った。


そんなものが基準のイメージになっていたファナが、オズライルを見て驚くのも無理はない。


同じ立場であるはずのブランでさえ、オズライルを様付けしていた。だからこそ、もっと親方的な姿を想像していたのだ。予想外にも程がある。


「久し振りだねぇ、バルド君。最近見ないから、てっきり中央に戻ったもんだと思ってたんだけどねぇ」

「あ、いや……すんません……」

「いやいや、いいんだよ。そこの若様の家に仕えるのは嫌だもんねぇ」


そう言ってオズライルは、聞き分けのない子どもを見るような目で、転がる男を見た。


つられてバルドも目を向けるが、ピンと来ていないようだ。


「彼の家……ですか? 若様とは……あっ!」


何かに思い当たったバルドは、それからファナと男を交互に見る。


「どうしたの? バルド」


まるで信じられないものでも見るように見比べた後、大袈裟に天を仰ぎ、手で顔を覆うと、大きく息を吐き、脱力した。


「はぁぁぁぁ……」

「ちょっと、本当にどうしたの?」


呆れられたのだろうか。自身に絶望するようにも見える。


それからしばらくして、気持ちが落ち着いたのだろう。男へと体を向けると、その人の名を呼んだ。


「……ラクト……ラクトだよな?」

「……っ……」


ピクリと体を揺らし、ゆっくりと体を起き上がらせていく男。だが、こちらを見ようとはしない。そんな態度に呆れた様子で続けた。


「まだ怒ってんのか。俺やノークは別に、お前が嫌いなんじゃなくて、お前の家が嫌いなんだよ。もっと言うと、当代当主と、その取り巻きがだ。お前は入ってねぇ」

「……」


ファナは、完全に蚊帳の外だ。黙って事の成り行きを見守る。バルドとあの男が知り合いだという事は分かった。だがまだ、なぜ抱きつかれたのかは謎だ。


こうして話しているバルドの話を聞いていれば分かるかもしれないと、せめて邪魔にならないよう努めて気配を消す。


相手が何も言わない事に苛立ってきたのだろう。バルドは大人しくしているファナへ手を伸ばした。


「ん?」


首を傾げるファナに、バルドは小声で言った。


「ちょい合わせろ」

「うん?」


悪戯を仕掛けようとでもいうようなそんな表情に、思わず面白そうだと頷いた。そして、バルドが口を開く。


「少し前に、俺は運命的な出会いをした」


これに男はビクっと再び体を震わせた。何とも分かりやすい人だ。


「それでなぁ。結婚しようと思うんだ……ファナと」


バルドは合わせろと言った。なら、ここは恋人らしく笑顔で寄り添うべきだろう。


そうして合わせた途端だった。ばっと男が立ち上がり、振り向いたのだ。


「え?」


鬼の形相で駆け寄ってくる男。それが純粋に怖くて、バルドにしがみつく。それが更に男を煽るとしても、ファナには分からない。


そして手を伸ばした男は叫んだ。


「私の妹に触るんじゃない!!」

「へ?」


言われた言葉を咄嗟に理解出来ず、ファナはキョトンと目を見開いた。


その時、ひょいっとバルドはファナを横抱きにし、男の手から逃れる。抱き抱えられたファナは呆然としたままだ。


「やっとこっちを見たな。まったく、お前が昔、散々自慢していた妹がファナとはな。わからんもんだ。あの頃は結局、妹の名前さえ教えてくれなかったもんなぁ」


バルドはそう言って昔を懐かしみながら、悪い人の笑みを浮かべたのだった。



読んでくださりありがとうございます◎


お兄ちゃん?

バルドと知り合い?


では次回、また明日です。

よろしくお願いします◎


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