162 魔女からの手紙
2017. 8. 21
ランドクィールがバルトロークとファルナを連れて王都に帰って来たのは、夕刻が近付く頃だった。
「ここが『王都』……」
ファルナは目をキラキラさせていた。
いくつもの橋が架けられ、中心の水の中にある城。そろそろ日が暮れるとあって、今日の取り引きや納品仕事を終え、城から出てくる者も多い。
だが、一つの小さな町がそこに収まっているようにしか見えない場所を、ファルナは城と認識していないようだ。
「ねぇ、あのハシをわたったところが『貴族街』?」
「キゾクガイ……ああ、貴族街か。いや、アレが全て城だ。人の国では貴族と民達で住み分けをしていると聞いたが、我々は違う」
「そうなの? ってかお城? あの大きいカタマリぜんぶ?」
ファルナはただでさえ大きな目を大きく見開き、指をさす。その様が少々面白かった。
「そうだ。まぁ、確かに必要な物を置いておく店のようなものや、治療院、図書館、働いている者達の宿舎、訓練施設など小さな町ほどの施設はあそこに収まっている」
「それなのに城なの?」
それは凄いと、素直に感心するファルナ。だが、ランドクィールとしては、そんな凄い事でもなんでもないと思っている。その理由はこれだ。
「ああ。町まで出るのは面倒だしな」
「……それ、ただのなまけものじゃん……」
「なんでも手近にあるのは助かるだろう」
「うん……でも、これでここの人達のセイカクがよくわかった……」
「お前は賢いようだな」
「ありがとうございます……」
なぜだか呆れられてしまった。
「さぁ、行くぞ。こんな所で話していては、門が閉まってしまう」
「王さまなんだから、べつにカンケイないんじゃ……」
「何を言っている。アレらは私でも遠慮なく閉め出すぞ?」
緊急の案件での外出以外は、公務であってもきっちり閉め出してくれる。そこが王専用の門であっても同じだ。
絶対に閉門の時間までには帰って来いという圧力だ。いつの頃からか知らないが、この決まりはランドクィールが生まれる前かららしい。何代か前の王の王妃が決めたとか聞いた事があるが、なぜだったかは聞こうとも思わなかった。
それが、ランドクィールにとっての当たり前になっていたからだ。
「ねぇ、バルトロークお兄さん。この人、ほんとうに王さま?」
「その質問はこれまでも沢山聞いてきたが、間違いなくこの人が王だ。あ、バルでいいからな」
よしよしとバルトロークはファルナの低い位置にある頭を撫でる。バルトロークは、最初こそ警戒していたが、ここまでの道すがら聞いたファルナの壮絶な体験の数々に感心し、同情し、受け入れていた。
年齢にしては賢いが、話してみるとあちらの国からの刺客と考える事はできなくなった。見せてもらった魔導具も、この世界では見たことも聞いた事もない物で、魔女の娘である事は確実とはいえなくても、それに連なる者という事を納得せざるを得なかった。
だが、このファルナが魔女の娘である事をランドクィールは疑っていない。その理由が、ファルナから渡された手紙にあった。
それは、魔女がこちらの大陸の王に会ったら渡すようにと、ファルナの家に大切にしまわれていた手紙。ファルナを連れて漁村を出ようとした時、王様ならばと渡されたのだ。
そこにはこう書かれてあった。
『まだお前は王をやっているか?
私はもうこの世界にはいない。
離れるのは、私自身のルールによるものだ。娘が生まれてばかりだが、これを曲げるつもりはない。
遺伝したのは髪の色だけというのが、少々癪に触るが、唯一の私の可愛い娘だ。お前に会わせるのはもったいないが、会ってしまったならば仕方がない。一生浮気などするなよ。
この世界は不安定だ。
上には面白い者達もいる。大地に生きる者達は、まさか頭の上にアレらがいるなど考えぬだろうがな。まぁ、その辺は娘に聞くといい。ダンナはきっと忘れず読み聞かせたはずだ。
伴侶と決めた者が逝ってしまうのは辛いものだ。家族が欠けるのは辛い。娘は私に似て気丈に見える。だが、まだ幼いのだ。あまり苦労させてくれるなよ。
お前が望む世界を、私の未だ見ぬ新しい魔王の姿を、楽しみに待っている。またこの世界に巡ってくるその日まで。
娘を頼むぞ。《キサコ》』
胸の内ポケットに入れる勇気はなく、バルトロークの持つ荷物の中に入れたのは、怖かったからだ。
「いつ書いたんだ……」
その呟きを拾ったファルナが、当然のように怖い答えをくれた。
「いつって、六年まえだとおもうけど?」
「そうか……」
そうだろうとは思ったが、確定して欲しくはなかった。まるで今の状況が見えているような口ぶりの手紙。その上、魔女と書かずにわざわざ名前を明かしているのも恐怖ポイントだ。そんなに親しくなった覚えはない。
「ファナ、母親の……魔女の名を聞いてもいいか?」
「うん? なまえ? いいけど。キサコだって父さんからきいたよ? 母さんのコキョウでは『輝きを咲かせる人になれ』ってイミでつけられたなまえなんだって」
「それは……また大層な意味を……」
その意味の通りの人物であったように思う。しかし、それは付けた者からすれば少々違った意味になるのかもしれない。
魔女の表情や会話した様子は、文字通り輝きを咲かせていた。興味深々といった様子で普通ならば不安な気持ちにもなる嵐の夜でも、生き生きとしていたのだから。
だが、きっと付けた者は周りのため、他人のために輝きを咲かせて欲しいと願ったはずだ。魔女は周りなどお構いなしの人物に見えた。
「本人は輝いていたが……迷惑な輝きだったな……」
手紙の文面からもそれは窺い知れるものだった。
読んでくださりありがとうございます◎
輝いていましたから。
次回、少々ペースダウンいたします。
また来週、月曜28日0時です。
よろしくお願いします◎




