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155 快適な舟です

2017. 7. 24

王都から少しだけ離れた小さな教会。


ここで待たされるのはかなり嫌だなと思っていたファルナだが、儀式は予想より早く、スムーズに進んでいた。


集まっているのは、各国の代表。顔を見れば分かる。さっさと終わらせろと急かすもの。この後に会食でもあるのか、どこかそわそわと落ち着かないもの。面倒だと眠そうにするもの。


共通しているのは、貴族であるということ。王族もいるのだろうが、ファルナには違いがよく分からない。


彼らにとっては、これから死ぬ子どもの事など、人形を川に流すように何の感動も感じられない事なのだろう。


これだけ無関心にされては腹も立たない。苛立つだけ無駄だ。だが、そんな教会の中で、唯一ファルナが神経を使った相手がいる。


「……これにより、大陸は永劫の平穏を約束されるでしょう」

「っ……」


歌うように最後の言葉を告げたのはシスターだった。儀式を行う特別なシスターらしく、司祭ではなくシスターが取り仕切る事に、誰も不満を見せない。


不満どころか、どうやら多くの者がシスターを見て鼻の下を伸ばしているらしい。ファルナにとっては、気持ち悪いほどの色香。本来、体のラインをこれほど強調して見せるシスターはいないだろう。


だからこそ、不気味だ。この女は何者なのか。どうにも胸がざわつくのだ。信用してはならない。そう思えて仕方がなかった。


ファルナが警戒した理由はもう一つある。このシスターは、ファルナに薬が効いていない事を気付いているのではないかと思ったのだ。


「っ……」


楽しそうな視線が向けられていると感じていた。しかし、シスターは気付かなかったふりをして儀式を続けている。それが本当に気持ち悪かった。


「では神子を」


祭壇の裏。そこが扉になっていた。そして、ファルナを乗せた舟は神官達に運ばれ、海へと向かって行く。


教会から一分とかからず舟は海辺に下された。


「平穏の為に」


その一言で、神官達が用意されていた三艘の舟へ乗り込み、そこからファルナの乗る舟へロープを張る。海岸を離れ、しばらくして波に乗ると、あっさりそのロープを切った。


ファルナの舟は彼らを追い越し、グングンと大陸を、離れていく。


シスターの妖しい視線の気配が遠ざかる。それに一番ほっとした。


「っ、はぁ……」


知らず詰めていた息を吐く。もう人の気配は感じられない。それでも、まだ遠くから見つめられている気がした。


そしてなぜか聞こえた。


「良い旅を……」

「っ!?」


振り返ってはいけない。風に乗って聞こえたそのシスターの声は、耳に残った。


だから、しばらく波の音に意識を向ける。舟が横転するような大きな波はない。太陽は柔らかい光を真上から降らせている。風もほどよく、大変良い天候だ。


心を落ち着かせる。まだ耳の辺りがゾワゾワとするが、心臓の音はいつもの速さに戻りつつあった。


もう大分離れただろうか。振り向くべきか迷う所だ。だが、先に方角を確認しておこうと思った。なるべく体を動かさないように、少々はしたないが、ゴソゴソとドレスをめくり上げてそこに隠してあった鞄からコンパスを取り出す。


「……ヒガシでまちがいない」


舳先は真っ直ぐ東を向いている。方向を見失っては意味がない。そうしてもう数瞬、振り返るのを我慢してから、慎重に後ろを振り返ってみた。


「あ……」


もう、大陸は線でしかなかった。だが、前を向けば海しかない。魔族の大陸は遠くまだ見えなかった。


「はぁぁぁ……あのシスター、二どと会いたくないな……よしっ。あ……っ」


舟がひっくり返らないようにバランスを取りながら立ち上がったファルナは、コロンと足下から出て来たタネと白いリボンを拾い上げる。


「……マスター……っ、ダメダメ!」


情けない声が出てしまった事に気付き、気合いを入れ直す。タネとリボンを鞄に入れると、ファルナはまず、動きにくく重いドレスを脱ぎにかかった。


「よいしょっと。ふぅ。おヒメさまとか、けっこうマッチョなんじゃない? はぁ、おもたかった。これをこうしてっと」


きれいな刺繍のされたドレスを広げて舟の底に敷くと、固い舟の床も柔らかく足触りの良いものになった。


「ぜいたくなじゅうたん」


ドレスを絨毯呼ばわりするのはどうかと思うが、寝心地も良さそうだ。


それから改めて鞄を探る。出したのは木の棒だ。ファルナの背ほどの長さのもので、それを三本取り出す。


「これをこうして……うん。あんてい」


上の方で束ねて組み、紐でとりあえず軽く括ると、広げた三本足で自立させる。舟の端に引っかかるように十分広げて固定した。


そして、今度は先ほどよりも少し長い棒を取り出し、四苦八苦しながら中心に差し込む。それが取れないようにしっかりと三本が組み合わさる場所を紐で括り付けて固定した。


「これで……あとはヨコに」


先ほどの棒と同じくらいの長さの棒をもう一本取り出すと、それを横に通す。舟の横幅を超えて左右のバランスを取ると、十字に合わさる中央の棒に紐で固定した。


「しあげは……うんしょっ、うんしょっ」


鞄から引っ張り出したのは大きな布だ。白いその布を広げて、三角推状になっている組み合わせた棒の一番上からかぶせる。端を横にある棒にそれぞれ結ぶと穏やかな風がその布を膨らませて前へ進む力を大きくする。


「うん。いいかんじっと、あぶないあぶない、これがかんじん」


ファルナが次に取り出したのは、赤く光る石だ。それは、ファルナの母が作ったという魔導具だった。


「『壊れる事を赦さじ。沈む事を赦さじ。倒れる事を赦さじ。燃える事を赦さじ。望まぬ方へ向かうのを赦さじ。我を守り、我の断りなく何者も近付ける事なかれ』」


石から様々な色の光が溢れる。光は広がり、舟を覆った。そして、それが消えると、ファルナの手には何も残っていなかった。


「……これで……いいんだよね?」


最後の守れという一文より前に五つ以内で思いつく限りの危険を禁じるようにという説明書きはあったのだが、いまいち発動したかどうか分からない。舟に見た目的な変化は見られなかったからだ。


そこで少し危険だが舟を揺らしてみた。すると、舟が淡く光る。ならばと固定した棒を蹴り飛ばしてみると、また淡い光が見え、ビクともしなかった。もうズレる事もないのだ。


「すごい……あ、コンパス……ほうこうも合ってる……これってけっこうズルいなぁ……」


本来、家を守るためのものらしいのだが、小さな小屋程度の大きさのものにしか適用できない。その為、今まで使えずにいたのだ。


「そんじゃ、とりあえずねよう」


いわゆる帆にした布は、組まれた木を覆っているため、その中は空洞だ。雨を凌ぐ事も出来るだろう。方向も東に行くとしてあるので、舟を操作する必要もない。


ファルナは中に潜り込むと横になる。鞄を万が一の為にと中央の木の棒に括り付けると、大きな欠伸をして目を閉じた。


「おやすみなさ〜い……」


こうして、大変呑気に、マイペースに快適な寝床で眠りにつくファルナだった。


読んでくださりありがとうございます◎



安全な海の旅です。



次回、水曜26日0時です。

よろしくお願いします◎

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