151 当然でしょう?
2017. 7. 10
ファルナは魔女の子ども。それが、国がファルナを選んだわけだった。
「それぞれの国が、五年毎に持ち回りで自国の子どもを生け贄として魔族の大陸へ流しているんだ。それで、魔族はこの大陸に攻めてこないんだと」
「……そんなことで、ほんとうに?」
子どもを一人生け贄として流したからといって、本当に魔族は攻めないと確約されているのだろうか。
「それに、あっちにつくまで、すっごいキョリがあるってきいたよ? ながすってどこで?」
「ここから少し南に行った所に教会があって、そこからだ」
「大っきいフネで?」
「いや、小舟だ。大人が一人寝れるくらいの。儀式近くになると花とかを飾った舟を運ぶんだ。祭りで見た事……って、お前はないよな……」
「五ねんごとならムリだね」
前回はファルナが生まれて間もない頃だ。見ていたとしても、覚えているはずがない。
「祭りは毎年やってんだが、舟が見えるのは儀式のある五年毎だからな」
『環魂祭』
かつて、魔族との戦いによって散って行った魂を弔い、慰めるための祭りだ。いつしか、それだけでなく、その年に亡くなった親しい者達を思う為の祭りとなった。
元々、この時期には、再びこの地へ命が還ってくる事を祈る祭りがあった。その年に生まれた子ども達の誕生を祝う祭りだ。これが一緒になったのだと言われている。
そんな祭りで、儀式は行われる。奇しくも、幼い子どもを一人、生け贄として差し出すという矛盾した、祭りの目玉だ。年齢は五歳から六歳の子どもと決められている。
五年に一度、祭りは盛大に行われる。五年目に当たらない年は、三日間行われる祭り。しかし、五年に一度のその年の祭りは、五日間行われるのだ。
今年の祭りまで、あと一週間。どこかそわそわとしたそんな雰囲気を、ファルナは昼間、王都で感じていた。
ファルナは呆れ顔で片肘をカウンターに突いて確認する。
「それ、手こぎってことだよね……? それをそのままながすの? つきそいの人もいない?」
「ああ。本当に子ども一人を乗せてだと聞いた。潮の流れには乗せるらしいが」
「……バカなの?」
大陸がある事は知っているが、目的とする魔族の大陸は、海岸に出ても見えない距離にあるとファルナは父グルムに聞いて知っていた。
大きな帆船でさえ、数日かかると言われている場所へ、手こぎの舟で着くにはどれだけかかるのだろうか。
その上、幼い子ども一人。辿り着いているとは思えない。
「確かに、普通に考えて……無理そうだな。漁師のおっちゃん達も、あちらの大陸を見た事がないって言うんだ。相当遠いんだろう。それも、潮の流れが激しい海域があるらしくてな。小さい舟ではとても越えられないとか……」
「まちがいなく、そこでしずんでるよね?」
「……だな……何で今まで気付かなかったんだろう……」
ずっと続けてきた儀式だ。そいうものだという認識だけで納得させられてきた。誰も不審に思う事もなく、考えればこの儀式が何の意味もないものであると分かるはずなのに。
「『儀式なんて無駄だ』って声を何度か聞いたって、城で働いてる客が言っていたよ。多分、それがお前の父親だ……」
「うん。そんなギシキをやろうとしてるなら、父さんなら言うとおもう。そっか、だからころされちゃったのか」
ファルナは納得した。グルムならば、相手が王であっても構わず正論をぶつける。
魔族の大陸に辿り着くはずもない子ども達。それにファルナが選ばれたなら、当然やめさせようと思い、理由を述べながらも訴える。儀式など不要だと、最期まで叫んでいただろう。
「ありがとう。よくわかった」
「お、おい……っ」
ファルナは礼を言ってカウンター席から飛び降りる。しかし、そうだと思い留まる。呼び止めるマスターをもう一度振り向くと、ファルナは笑顔で尋ねた。
「ねぇ、こんどのいけにえにされる子ども、どこのだれだかわかる?」
これに嫌な予感がしたのだろう。マスターは少々戸惑っていた。
「……それ、聞いてどうすんだ……」
そう言われて、ファルナはニヤリと得意げに笑う。
「きまってるじゃんっ。もともと、わたしのやくめだったんだからさっ」
「代わる気か……?」
「そっ、さすがっ、わかってるぅ。そう言うからには、どの子かわかってるんだよね?」
「うっ……」
もちろん、マスターは知っている。この王都で、もっとも多くの情報を持った彼が、ファルナの望むものを持っていないはずがない。
どうやらマスターは、これまで『一応知ってるけど……』という雰囲気を出して誤魔化していた。情報屋としての顔は、ファルナに見せないようにしてきたつもりなのだ。
「あ、これお代ね? ジョウホウ料。おねがい、おしえて?」
ファルナは背負っていた鞄の中から、とっておきのお酒を出して差し出した。
「っ……いらねぇ、お、教えねぇからなっ。帰れっ」
「足りない? なら……」
尚も鞄から何かを取り出そうとするファルナに、マスターは大声を出す。
「っ、いらねぇって言ってんだろっ! 帰れっ!!」
「……」
さすがのファルナも驚いた。これほど声を荒立てられたのは初めてなのだ。
店の客達も何事かと目を向ける。
ファルナは少し悲しくなった。俯くと、そのまま鞄から取り出したお酒類をまた二本取り出し、床に置く。
マスターのいる方へ目を上げる事が出来なかったのだ。
そうして、立ち上がると顔を合わせられないままファルナは店を飛び出した。
「ファナっ」
「っ……うん……ばいばい」
店を出る直前に聞こえたのは、ここ数ヶ月名乗る事のなかった名前。それも、父グルムしか呼ばなかった愛称だ。それが、とても嬉しかった。
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