015 思いの外、楽しく過ごしていました
2016. 9. 9
門を飛び出し、一路イクシュバに向けてひた走る。
ファナは未だに後ろを向いたままだ。そんなファナへ、バルドは気まずげに言った。
「ファナ、すまん。お前がくれた薬……あいつらに渡しちまったんだ……それで……」
ファナがバルドへ渡したのは、ホート病の薬だった。
「あぁ、でも、バルドの事だから、売ったとかじゃないんでしょ? ちゃんと患者さんに飲ませられたんだよね?」
「当然だっ」
お金に換えるつもりで渡した訳ではないだろうと、ファナは思ったのだ。それならば問題はない。
「ならいいよ。ちゃんと効いたかな」
「あぁ……劇的にな……」
「そっか。良かった。ほらシルヴァ。私の趣味も役に立つでしょ?」
大分、町から遠ざかった事もあり、速度を落としたシルヴァが呆れた様子で答えた。
《難しい製薬ばかりを度々部屋に籠って作り続けた事を言っているのか? 食事も忘れてひたすら量産し続けるアレか? 需要もない高難度の特殊な治療薬ばかりで、魔女殿に怒られていたではないか。得意の負けず嫌いを発揮して、難しいものも簡単に作れるようになるのだと息巻いていたアレの事を言っているのか?》
「え、あれ? なんでちょっとお説教モードなの? 褒める所じゃないの? 機嫌悪くない⁉︎」
昔、教えられた薬がなかなか出来ず、魔女の弟子として情けなくて、悔しくて、どんな難易度の高い薬でも片手間程度に出来なくてはと努力したのだ。
ホート病の薬もその一つ。シルバーなど当たり前。薬を作れたと言えるのは、ゴールド以上の出来の物だけだと魔女から教わった。
たがら、どれだけ困難な場所にある材料も手早く集め、コツを掴むまで、自然に手が動くようになるまで作り続けたのだ。
それだけの努力を責められるとは思わなかった。
《まったく主は世間知らずだ。あそこで売られていた薬の棚を見ていたが、ゴールド以上のものはなかったぞ。それでも充分高価だ。食事の値段から考えてもかなり高いな。それを知ろうともせず、また主の事だ。需要もない薬を作っていたのではないか?》
「……それは……」
なぜかトゲがある。責められるような事をしただろうかとファナは内心首を傾げる。
「シルヴァ。ファナの薬で助かったんだ。そう責めては……」
バルドがファナのフォローに回った。しかし、更に言い募られる。
《ふんっ、たまたまではないか。その薬のお陰で、このように町を飛び出さねばならなくなったのではなかったか?》
「そ、そうだが……」
ツンと澄まして言うシルヴァに、ファナはハッとした。この態度は、アレではないのか。
「……シルヴァ……お腹空いてる?」
《むっ、そ、そんあ事はないっ……》
「そうかなぁ? シルヴァがネチネチ言う時って、食事を邪魔された時とか、お腹空いてる時だよね」
《うっ……》
言葉に詰まる様子を見るに、図星らしい。
そういえばと、ファナはシルヴァをじっと見つめる。美味しそうな臭いが、呼気に少し混じっている。お腹も少し大きくないだろうか。
「ねぇ……何か食べてたの?」
《ぐっ……》
「あぁ、シルヴァの前に沢山皿が積み上
がっていたが……」
「へぇ〜」
《っ……》
とうやら間違いないようだ。
「お金、どうしたのよ」
《……必要なかったのだ。冒険者共がこぞって我の前に献上する故……》
「へ? あ、それって、あいつらがっ?」
失礼な態度で喧嘩を売ってきた冒険者達。彼らは、シルヴァの機嫌を取ろうと、食事を提供していたようだ。
《うむ。低姿勢で差し出してくるのでな。食わぬわけにもいかず……町中の食事は良いな。美味だ。それなのに、こうして飛び出さねばならんとはっ……夕食を楽しみにしていた我のこの期待はどこへやれば良いのだっ》
確かに食事は美味しかった。今まで食べた事のない味。山では魔女とファナが交代で作っていた。シルヴァは自身で獲れば良いのだが、料理された食事を知ると、そちらに味をしめていった。
今では、殆どをファナと同じ食事で済ませている。
「それって……私や師匠の食事が不味かったってこと……?」
《不味くはない。だが、あの町の味を知れば、やはり物足りん》
「なんですってっ! ん? ちょっと、ドランっ、お腹見せなさいっ」
《シ、シャ〜……》
失礼なと腕を上げた所で、ふとドランが目に入った。なんだか丸っとしている。
「こら、ドランも食べたの? なにこれ、お腹パンパンじゃん。丸呑み? 丸呑みしたのっ? 何食べたのっ?」
《シャっ、シャァァ……クプっ》
満足気にげっぷをするドラン。その顔は幸せそうだ。しかし、今にもはち切れそうな程お腹は膨れていた。
《ちゃんと啄ばんでいたぞ。ただ、三匹ともが凄い勢いで食べていたからな》
《シャ、シャ、シャっ》
「……」
ご機嫌だ。今の状態では飛べるかも怪しい。
「胃袋は共通……っと、違う違う。お腹痛くないんだね? 食べ過ぎはダメだよ?」
《シャっ》
密かにドランの生態についてのメモを取りながら、こんな事なら、一人で製薬室に籠るんじゃなかったとファナは反省する。
「なぁ、なんであいつら、シルヴァが食べ物を食べるって知ってんだ? 普通、子猫にはミルクだろ? それも、ドランまで」
事情を知らないバルドは、不思議そうに尋ねる。シルヴァはギルドでは子猫にしか見えない姿をしていた。ドランに至っては、その姿さえ見せていない。
「あ〜……ちょい喧嘩を売られたから、買っといたんだよ。それでシルヴァのこの姿も分かったから、機嫌を取ろうとしたんじゃないかな」
「……製薬室にいたんじゃないのか……」
「うん。バルドがあの薬師と出て行ってすぐだったもん。あいつら、私へはご機嫌伺いに来なかった……いい度胸だよね」
《いや、行こうとして何度もウロウロしていたぞ。ただ、結局我の機嫌を取れば、主の機嫌も取れると思ったのだろうな。そのお陰で大漁だった》
「私の分も合わせて倍食べたって事だねっ。残そうよっ!」
《残念だ。そのような時間がなくて》
「……食べ終わっていたと思うんだが……いや、すまん。俺が悪かった」
ギロリとシルヴァだけでなく、ファナとドランにも睨まれ、バルドは肩を落とすのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
さて次から、ようやく物語が動き出します。
お使いの途中ですからね。
では次回、一日空けて11日です。
よろしくお願いします◎