148 約束だから
2017. 6. 28
長老の家に着くと、フィムルが飛び出してきた。
「ファルナっ、無事だったか。良かった……」
本気でほっとした様子だった。
「だいじょうぶだよ?」
何がそんなに心配だったのだろう。そう思っている事が、ファルナの言葉の響きから知れたはずだ。フィムルは何か言いたそうに顔をしかめていた。
「ファルナ、とりあえず中へ入りなさい」
長老はファルナの背を押すと、次にフィムルにすれ違いざま伝える。
「フィム。村の外で兵達が戻って来ないか見張っていろ」
「え、戻ってくるのか?」
「念のためだ。釣りをしながらでも構わん」
「分かった……ファルナ、またな」
警戒しているというよりも、フィムルを追い払ったといった感じだった。
ファルナは、一番奥の部屋に通された。
「ここ、はじめてくる……」
「ああ。村の重要な会議には良い部屋だ。亡くなった私の父の部屋だ」
「へぇ……」
古い匂いがする。悪いものではない。気持ちが落ち着いた。
長老自身も、落ち着くためにこの部屋を選んだのかもしれない。そうして、ゆっくりと二つ呼吸をしてから口を開いた。
「何から説明しようか……ファルナ、お前は母の事をどう聞いている?」
なぜ、唐突に母の話になるのだろうか。疑問には思ったが、大人達はファルナの賢さを知っている。だから、原因から話すつもりなのだろう。
「お母さん? えっと……とおいところからきた、つよい人だったって」
「そうか……」
「あと、びじんで、いろんなことをいっぱいしってたって」
「そうだな。クルズ先生よりも多くの事を知っていた方だ」
クルズは元々、この村の者ではなかった。ファルナを宿していたファルナの母と、二人で移り住んできたのだ。
「お前の母は、自分を異界の魔女だと言っていた……色々な事を知っていらしたよ」
魔女というものが何なのか、村の人達には分からなかった。かつて、この大陸を襲った魔族かと尋ねれば違うと言ったらしい。
「魔族のように強い魔術が使えたが、誰も怖いとは思わなかった。必要以上に魔術には頼らず、獣達を追い払うのにも言葉だけで追い払われるような方だ。病気になれば薬を作り、死にかけたものまで救った。決して、災いを呼ぶような方ではなかったと、この村の者は誰もが言うだろう……それなのに……」
村長はファルナの前で、悔しそうに奥歯を噛みしめていた。
「国お偉方が噂を聞き、あの方を連れて行った。後に……」
「しんだっていわれたんだよね」
「っ……ああ……知っていたか」
「うん。お父さんからきいた」
連れて行かれるのを、ただ黙って見送るしかなかった。ファルナが生まれたばかりで、グルムも動けなかったのだ。
それから数日後、国の兵が来てただそう伝えたのだという。けれどそれは嘘だとグルムは言った。だから、ファルナも生きていると信じている。
「けど、しんでないよ。お母さんは、ちがうセカイにいったの。ヘイタイさんなんかにつかまらない。だって、お母さんはマジョだもん。でも、それがなんのカンケイがあるの?」
ファルナには分かっていた。長老は本題に入るのを躊躇っている。
「っ……」
子どもの純粋な目は、時に大人を追い詰める。ファルナの目は、誤魔化しなんて許されないと訴えていた。
「ここにきた人たち、なんていったの?」
ファルナならば、きっと理解する。そう長老も分かっている。だからこそ言いたくなかった。だが、それではファルナが納得しない。
長老は全ての息を静かに吐き出し、一呼吸ついてから偽りなく事実を口にした。
「『魔女の子どもならば、魔族への生け贄として相応しい』……そう言われた……」
「それって……ギシキのことだね。そっか、ほんとうに子どもをウミにながすんだ」
「っ、バカげた儀式だっ……だからグルム先生もあんなに怒ってっ……」
「もしかして、お父さん。それで、つれていかれちゃったの?」
「……ああ……っ」
「ふぅ〜ん」
ファルナは笑っていた。実に父らしい。そう思ったら、嬉しかった。
「ははっ。そっか、ならしょうがない」
「ファルナ?」
狂ってしまったのかと思えるような状態だ。長老は不可解なものを見るような目で見ている。
ファルナは笑いながら立ち上がった。
「ありがとう、チョウロウさま。だいたいわかった」
「ど、どこへ行く?」
「ウチに。だいじょうぶ。こういうときのことは、お父さんもソウテイずみだから。ごめいわくおかけしました」
「おいっ、ちょっ、ファルナっ?」
混乱して慌てる長老に手を振り、すでにファルナは部屋を出ようとしていた。
「あはは、おやすみなさ〜い」
「ファルナっ」
そうして、笑いながらファルナは長老の家を飛び出した。
◆◆◆◆◆
戻ってきたファルナの家は、床に多くの物が散らばっていた。
「あ〜あ、このままじゃみっともないじゃん」
既に夕刻が迫ってくる頃だが、食事よりもこちらの方が急務だと思った。
「お父さんのことだから……ハンブンくらいはワザと……だよね」
非常事態の時には、ファルナにこの後どうすべきか、暗号を残す約束になっていた。その暗号は、間違いなく床に散乱した物の中に紛れている。
「くらくなるまえにみつけないと」
そうして、片付けながら全ての暗号を見つけたのは、虫達の声が静かな夜に響き渡る頃だ。
「え〜っと『レッド』は『ここからにげろ』なんてわかってるって。『青の草の絵』……たべものは『裏の畑の倉』ね。『龍の絵』ってことは……ヒガシにいけってことだよね。あれ?ヒガシってギシキのある……それで『灯台の絵』か。それと……ナイフがまんなかのはしら……」
ファルナの手元には、占いにでも使いそうな絵の描かれたカードがある。それらは、床に散らばっていたタロットカードに紛れていたのだ。
そして、もう一つ。ナイフが家の中心の柱に刺さっていた。
「『自分は殺されるだろう』ってことだったかな……」
それでも生きろと捕まるなと伝えている。
「……お父さんのバカ……そのまえにたすけてイイよっていってよ……」
ファルナはようやく、ここで心細さに泣いたのだ。
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逃げるべきか、戦うべきか。
次回、月曜3日0時です。
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