147 隠れて
2017. 6. 26
トルマは十二歳の少女だ。頭も良く、気立ても良い。大人し過ぎる事もないので、比較的話もしやすい。健康的で笑顔の似合う少女は、多くの村の少年達が思いを寄せている。
そんな少女が、珍しく必死な形相で駆けてきた。
「こっちに来てっ」
「トルマ姉?」
「トルマ? どうしたんだ」
困惑するファルナの腕を問答無用で掴み、引き寄せる。フィムルについては目にも入っていない様子だ。慌てて追いすがるフィムル。だが、トルマに声をかけるのは憚られた。それほどピリピリとした空気が感じられたのだ。そして、数軒先にあるトルマの家へ駆け込んだ。
中に入るとトルマの母が心配そうな顔をして駆け寄って来る。
「ファルナちゃん。良かった……トルマ、急いでファルナちゃんを地下へ」
「うん。さぁ、ファルナちゃんこっちに」
なおもファルナの腕を掴んで家の奥に連れて行くトルマ。ついてきたフィムルもそれについて行こうとしてトルマの母に捕まった。
「フィム、あんたは一度家に戻んな。それで、誰に何を聞かれても、ファルナちゃんとは村の入り口で別れたって事にしておくんだよ」
「それはどういう事? 一体何があったんだ?」
説明を求めるフィムルに、トルマの母親は腰に手を当てて言い捨てた。
「いいから、さっさと行きな!」
「は、はい!」
フィムルは追い立てられるように出て行った。
地下の小さな食料庫。真っ暗なそこに、ファルナは押し込められた。
ここはファルナの父、クルズの案によって家々に作られたものだ。
「くらいのヤダよ〜ぉ……」
隠れたり、狭い場所に入り込むのは好きだが、いくらなんでもここは嫌だなと思う。
「静かにっ。見つかったらファルナちゃん、連れて行かれてしまうの。クルズ先生とも一緒に居られなくなるのよ」
「っ、どうして?」
この『どうして』の理由を教えてもらえることは、最近稀だった。学者であった物知りなクルズに尋ねるならば帰ってくるだろうが、ここでは答えを期待してはいない。
だが、純粋になぜ、そんな事になっているのだろうという疑問はファルナの中で浮かんでくる。一体、誰に見つかってはいけないのかと。
「隠れんぼだと思って。お願いよ……」
「……うん……」
ファルナはそうして、目を開けているのか閉じているのかもわからない真っ暗な空間で足を抱え、数時間過ごした。
うとうととしていたのだろう。頭の上にあった扉が開いた事で意識がはっきりとする。
「ファルナちゃんっ」
トルマだ。何だかほっとした表情を浮かべている。
「良かった。見つからなかったんだ」
それを聞いて、そういえばここに入って少ししてから、誰の足音もしなくなっていたと思い出す。
「どこかいってたの?」
「ええ……村のみんなが長老様の所に集められて……兵隊さんが家を一つずつ見て回ったの……ファルナちゃんを捜すために」
「わたし?」
本当に隠れんぼだったのだ。
「みつかったらどうなるの?」
「……連れて行かれてしまう所だったの……でも、クルズ先生が……」
「お父さん?」
ファルナは外へ出る。すると、村中の大人達が良かったと笑った。そんな大人達にクルズの事を確認する。
「ねぇ、お父さん、どうかしたの?」
「……」
誰もが困惑したように口を閉ざした。どう説明していいのか分からないという様子だ。
「おしえて。なにがあったの?」
何だって理解してみせるから、何があったのかをちゃんと教えてほしい。そう願って大人達を見た。すると、長老が歩み寄ってくる。
長老と言っても、六十五歳とまだ若い。それでも、この村での最高齢だ。彼がフィムルの父だった。
「ちゃんと説明しよう。うちにおいで」
「うん」
「皆は、もう戻ってくれ」
「けどよぉ……」
長老が解散と言っても、大人達の足は動かない。
「心配なのは分かる。だが、どのみち私達には何もできない。クルズ先生にどうにも出来ないなら、どうする事も出来ないだろう」
「それは……そうだろうが……」
「ファルナ、おいで」
「はい」
大人達をその場に残し、長老とファルナは離れる。
歩き出してから、ファルナは背中に大人達の視線を感じ、不思議に思って振り返る。そこにあった苦しげな表情を見て取り、理由も分からないまま、ファルナは長老を追うのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
困惑しています。
次回、水曜28日0時です。
よろしくお願いします◎




