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145 光と影と契約を

2017. 6. 19

回復した騎士達は王都に戻ろうとしていた。


それほど人数は多くないのだが、きっちりと並ぶと大変壮観だ。しかし、立っていれば見目の良いそれが今、真っ二つに体を折って謝っていた。


「お手間を取らせ、申し訳ございませんでした!」

「……ああ……」


ドアの入り口に立ってそれを受る事になったランドクィールは、鬱陶しそうに一歩下がった。


ドアが開いていて良かったと思う。世話をした中にいる者達にも聞こえるようにと言ったのだろうが、はっきり言って近所迷惑というやつだ。ここが町の外で良かった。


ランドクィールの隣では、最も彼らのお世話をしたと言えるシィルが、腕を組んで偉そうに答える。


「ホント、そんな図体して倒れるとか迷惑だよ。それでも騎っ……」


さすがに、これほどの人数の騎士相手に、はっきり言うとは思っていなかったランドクィールは、反応が遅れた。


それでもみなまで言わせず、シィルの頭を片手で鷲掴みにして黙らせる。


「道中、気をつけろ。お前達が弱いと言っているのではないぞ。強さに驕れば、どんな者でも痛い目を見る。騎士としての本分は民の為にある事。それはそのまま国の為だ。死しては何もならん。充分に留意し、帰還せよ」

「はっ!」


騎士相手には、大袈裟に言って丁度良い。


さぁ、さっさと出発しろと思っていたのだが、隊長が恐る恐る尋ねてきた。


「あの……一つお聞きしたいのですが……」

「なんだ」


どうも隊の総意らしく、全員が困惑した顔を見せていた。今更何が聞きたいのかと内心眉根を寄せれば、おかしなことを聞いてきた。


「はっ、僭越ながらお尋ねいたします。陛下はお戻りになられますでしょうか」

「は……?」


何を聞いてるんだと、今度ははっきりと眉根を寄せて見せた。すると、騎士は慌てたようにその質問の意味を口にする。


「いえ、あまりにも陛下がこちらの家に馴染んで……落ち着いていらっしゃるように感じましたので!」

「ん?」


騎士達が揃って目を向けたのは、ランドクィールの手。それは未だにシィルの頭の上にあった。


意図を理解したのは、シィルの方が早かった。


「ああ。おじさん達、王様がこのままここに住んじゃうんじゃないかって思ってるんだよ。俺は良いけどね。兄さんが増えるし、キィラも喜ぶよ。面倒見も良いから助かる」

「……お前なぁ……」


正直な子だ。その目は曇りなく、乱暴にも感じる物言いよりも素直だった。


ふと思った。まるで子どもような、ひと角と同じだなと。そんなシィルの頭を撫で、不安そうにこちらを見る騎士へ言う。


「帰るさ。私は王だぞ」

「は……はっ! 申し訳ありません! それでは、御前、失礼いたします!」

「ああ」


出発していく騎士達を見送る。すると、シィルがつまらなそうに言った。


「あ〜あ、良い案だと思ったんだけどな」

「あまり留守にすると宰相が倒れる。今日にも発たねばならん」

「そんな急に? 兄さんも?」

「ノバは……そうだな、後二日は確保してやる。存分に甘えろ」

「……分かった……」


ランドクィール自身、ここでの時間は悪い気がしない。だから、珍しく時間を忘れていた。


「さて……バル、ノバ。ひと角に会ってくる。お前達はゆっくりしていろ」


ドアの所から中へ呼びかけると、バルトロークが焦って出てくる。


「ちょっ、お待ちを! 私も行きっ……」

「来んでいい」

「ですがっ……」


納得しないだろうとは思いつつも、すかさず言えば、キィラがバルトロークの腕を掴んだ。


「主様が、他の人はダメだって言ってる」

「え……」

「だそうだ。キィラ、ソレとノバをしっかり見張っておいてくれ」

「ん」

「王様、主様に気に入られ過ぎ」

「お前達と変わらんと思うがな」

「ちぇっ」


ランドクィールは一人で森へと向かった。


真っ直ぐに主の住処へと進む。すると、そこでひと角が待っていた。


光が入るとはいっても、森の奥は薄暗い。そこに白金に光るような馬がいればよく目立つ。


「お前、あまりそうして人に姿を見せるなよ?」

《第一声がそれ?》


目だけで寂しそうに見えるのは不思議だ。


「ただでさえ人は金の色に敏感なんだ。手に入れたいと思う色だからな」

《へぇ……あなたも?》


そう言われて、確かに懐かれたものだと思った。


「そうだな。嫌いではない」


欲しいとは言わない。ランドクィールは傲慢ではないのだから、決めるのはひと角だ。


それが分かったのだろう。ひと角は迷いながらも答えを出そうとする。そして、少しの沈黙の後に告げた。ただ、少々言い方は間違っている。


《うん……決めたよ。僕を、あなたのものにしてください》

「……はぁ……」

《あ、あれ? なんでため息?》


深く息を吐いたランドクィールに、ひと角は動揺する。


仕方なく、ランドクィールは説明してやった。


「お前はどこぞへ嫁にでも行くつもりか。まったく、何よりお前達との契約は一方的なものではない。存在を認め合い、助け合う関係だ」


黒霧をほいほい移動に使っているランドクィールを見ていれば誤解もするだろうが、黒霧ともそういう関係だ。


《黒焔もそうなの? でも、一緒にいたいから契約したって……》

「……黒霧が言ったのか……まぁ、そこにどんな思いがあったとしても構わん。契約と好意は別物だからな」


黒霧は、ランドクィールを背に乗せる時、一緒にいられる。だから、いつでも呼べと言われたのだ。決して便利な足代りと思って呼び出しているわけではない。だいたい、黒霧は空を飛ぶのが好きなのだ。


「住処の空以外を飛ぶ理由に使えと言ってあるしな。一方的ではないだろう」

《そっか……なら僕も、外の世界を見てみたい。だから、契約していつでも呼び出してくれたら良いなってのじゃダメ?》


冗談やでたらめではなく、本当に外の世界を知らないのだろう。こじ付けではあるが、悪い申し出ではない。


「いいだろう。だが、お前だけではダメだ」


ランドクィールが目を向けた先から、影がのそりと近付いてくる。これに気付いたひと角が身を強張らせた。これはもう条件反射らしい。


《……もしかして……一緒に?》

「そうだ」


そうして、近付いてきた影は、ランドクィールと真っ直ぐに目を合わせると、次に深く深く頭を下げた。


「契約するんだな」


そのまま動かない所を見ると、肯定のようだ。


ランドクィールは、その頭にゆっくりと手を触れる。生きているもののような熱は感じない。けれど、そこに確かに存在している。


ひと角の影。そう改めて思うと、醜いその姿は弱い自分を誤魔化すようで折れた角は、自分は偽物なのだと言っているようで辛かった。だから願う。自分を卑下するなと。


すると、折れた角の先から光が溢れた。


《な……に?》


ひと角も驚く。黒い煙が渦を巻き、影を覆う。ランドクィールは、手を離さなかった。片手を頭に置いたまま、起き上がっていく影に任せる。


そうして、煙が晴れた時、色の違うひと角と瓜二つの影の姿があった。


《えっ!? へんっ、変身したっ》

「ふっ、これこそ影らしいな。うむ、良い色合いだ。ひと角よりも立派だな」

《ええっ!》


深い藍色の艶やかに見える立派な体躯。光を宿した同じ色の瞳。そして、黒く長い角。


「お前の事はそうだな……『藍』と呼ぼう。影では味気ない」

《……ありがとうございます。主よ》

《っ、喋ったっ!》


低く、安定感のある声だなと思った。


「良い声だ。お前の方が主らしいな」

《ちょっ、ちょっと、確か影は僕の一部だったものだから一緒にならなきゃダメだって言ってなかった!? なんで認めちゃってんのっ》

「こうなっては仕方ないだろう。心配するな、お前は神獣だからな。こんな事もありだ」

《無茶苦茶だよぉぉぉっ》


本来、影の存在が出来てしまう事は良くない事なのだが、人のように脆弱ではない。どんな影響があるかは不明だが、何とかなるだろうと楽観視する。


何より、影自体がとても良く出来たやつだった。


《私はあくまで影。本体に取って代わろうとは思えない》

「ほぉ。素晴らしい。分をわきまえるか。頭の良いやつだ。だが、お前の本体は頼りない。支えてやってくれ」

《もとより承知の上。主の期待に答えてみせましょう》

「そうか。安心した」


ひと角をここに置いておく事に、少しの不安を感じていたランドクィールとしては、願ってもない結果だ。


《う、うっ……なんか酷い……》

「お前がしっかりすれば、藍も本体に還る事ができるんじゃないか? 自分の影に教育係を任せられるとは不思議なものだろうがな」

《笑ってるでしょっ》

「うむ。愉快だ」

《うう〜っ》


こんなことになるとは予想しなかった。予想が外れてこれほど嬉しいのも珍しい。


「さて、では改めて契約しよう」

《はい》

《うん》


ランドクィールとひと角、藍を包む刹那の契約の光は、暗い森をも明るく照らしたのだ。



読んでくださりありがとうございます◎



契約完了!



次回、水曜21日の0時です。

よろしくお願いします◎

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