143 二つの存在
2017. 6. 12
ランドクィールは、食事を終えてしばらくしてから、一人森の中にいた。
「まったく、人口密度が多いのは鬱陶しいな」
ノバの家には今、ひと角が別次元で匿っていた騎士や冒険者達がゴロゴロと転がされていた。
ランドクィールが飛び立ってしばらくして、バルトロークを運ぼうとしたノバ達の傍にひと角が約束通り解放したらしい。
バルトロークを連れて行くならこいつらもという事だったのだろう。
そうして家に連れて帰ったはいいが、意識のない男達にランドクィールが購入してきた回復薬を飲ませようにも、目を覚まさないのでどうしようもない。だからといって、無理やり飲ませる気はなかった。
おかげで、図体の大きい者ばかり床に転がしたままになるという状況になっていた。
「そもそも、なんで家に入れたんだか」
あれでは足の踏み場もなく、その上男臭くてかなわない。
ランドクィールとしては、外に転がしておけば良かったのにと思わずにはいられなかった。
「それにしても……バルの母親か……」
転がっていた大の大人の男を、ノバと二人でせっせと家に運んだのは、バルトロークの母であるユリベルだったらしい。
男勝りなその腕力。豪快な笑いに裏付けられる快活な性格。その辺の男よりもよっぽど頼りになりそうだ。
呟きを漏らしながら、ランドクィールは目的の物を探す。主の住処とされる場所を中心にしてポツリポツリととある物が落ちている。
また一つ、見つけたそれに一瞬視線を送ったランドクィールは、発動していない事を確認すると、素早く近付いて叩き割る。
それは拳大の水晶のように透明な石だった。割った物を手にしていた袋に入れながら愚痴をこぼす。
「ふぅ……まったく、なぜ私がこんな面倒な事を……」
これに気付いたのはランドクィールだけ。気付けるのもランドクィールだけだったので仕方ないともいえる。
処理するにも発動していない事を気配で感じ取り、これを仕掛けた者に気付かれないように叩き割らなくてはならないのだ。
そうして回収したのは十五個。術の関係上、ランドクィールの記憶が正しければこれで最後のはずだ。
そんなランドクィールの姿を見ていたのだろう、ひと角が恐る恐る現れた。
《何してたの……?》
ランドクィールの真剣な様子を見て、話しかけるべきではないと察したのだろう。
不思議そうにするひと角に、ランドクィールは大きくため息をついてみせる。
「お前でも感じていなかったのか? これは『覗き見』という古い術の道具だ。範囲も限られるし、声や音は伝わらないが、その場所の全てを、術者の意思で見渡す事ができる。簡単に言うと、これが術者の目になるのだ」
《へぇ……すごいね》
袋の中を覗き込み、ひと角が感心の声を上げる。それにまたランドクィールは呆れてしまった。
「お前なぁ……もう少し危機感を持て。監視されていたんだぞ」
《え……》
ようやく自覚したらしい。少々怯えた様子で固まる。
「まぁ、お前というより、恐らく覗き見られていたのは影の方かもしれんな」
そうして、目を向ける先に影が現れる。
《っ……》
ひと角は未だに影を見て動揺してしまうらしい。
「お前があれの存在を認めれば、あれもお前の中に戻るはずなんだが……」
《うぅ……》
「すぐには無理だろう。お前があれを見て感じる嫌悪感は仕方のないものだ。だが、時間が経てば、あれはもっと確かな自我を持つようになる。そうなれば、こうして出会う事もなくなるだろう」
《それってどういうこと?》
ひと角の瞳が、不安げに揺れる。ランドクィールの言い方から、それが喜ぶべき事ではないと分かったのだ。
「私もそれほど詳しいわけではない。だが、あれはお前の一部だ。お前が切り離したいと思った部分らしい。だから、確実にお前の中の何かが削られて出来ている。忘れるなよ。その分、お前の何かが足りなくなっている。力のあるお前ならば、その分弱くなっているという事だ」
ランドクィールが示唆しているのは、ひと角の存在だ。黒霧と同じこの大陸に三体存在するといわれる神獣の一体としての力についてだ。
「まぁ、お前は案外臆病だからな……力以前にその辺の小物にも簡単に利用されそうだが」
どれだけ強い力を持っていても、それを使わなくては意味がない。
《そんなぁ……でも、人怖いし……》
「神獣としての矜持はないのか」
《シンジュウ? 何それ》
「……いや、もういい。知らない奴、じゃないな。私と森番の者達以外とは関わるな」
《うん》
他人が聞けば誤解を受けそうだが、ランドクィールとしてはこの世間知らずの子どものようなひと角の為には、過保護なくらいが丁度良いと考えた。
ひと角は素直に嬉しそうに頷く。
それからランドクィールは影に近付いていく。そうして、影の頭にそっと触れた。
「お前も気を付けろ。お前達の力を欲するバカは多いだろうからな」
そう言って微笑みながら撫でれば、影は気持ちよさそうに目を細めたように見えた。それからふっと現れた時同様、また唐突に姿を消したのだった。
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