141 企む者
2017. 6. 5
その子どもは町を抜け、迎えに来ていた従者と合流した後、用意された馬車の中で水晶を熱心に見つめていた。
そこには、映像が映し出されている。今は一人の青年が、黒く大きな鳥に飛び乗って空へと舞い上がった様子が見えていた。
「へぇ、あれが黒鳥……まさか噂の王がこんな所をウロついているとはな」
子どもらしからぬ様子と言葉。
見た目は十歳そこそこの少年。黒いフードは、小柄な少年に合うものではなく、かなり大きかった。
「あの騎士、死ねば良かったものを。これほど早く解毒薬を作ってしまうとは……厄介な女だ」
水晶に映し出されるリナーティスの姿を忌々しげに見つめる。
「いかがなさいますか、ローア様。今ならば、王はおりません」
小窓から顔を覗かせた従者の一人は、小さくなっていく黒い鳥を視認してから指示を仰ぐ。
これに、少年は片肘をついて面倒臭そうに言った。
「どうせすぐに帰ってくるだろう。噂通りの人物だとすれば、あの状態の騎士と文官を見捨てて王都に帰るような者ではない。大方、治療に足りない材料でも取りに行ったんだろう。今動けば悟られる」
「分かりました……」
従者は不満なのだ。彼は、いばらの根元に毒を撒いた。ただいばらを枯らす事ができればと思って、所持していた毒の中で最も強いものを選んだ。
しかし、いばらは枯れる事なく、それを元に新たな毒を精製した。
最初の計画では、いばらを枯らす事で森を弱らせ、主をおびき出そうとしていた。予想とは違ったが、結果的に主をおびき出す事には成功したといえる。
更には主の影まで出現させるという事態。これは好機と見るのに差し支えない状況だった。
「焦るな。子どもの姿である私はともかく、なるべくならば姿を見せぬのが理想だ。主は確実に弱っている。その証拠があの影の存在だ。これを確認出来ただけで充分。影はそうそう消えたりはしないからな」
「はい……」
彼らにとって今回の影の出現は、目的以上の結果を出したという証だった。
「分かれた力は簡単には戻らない。影のものとなった部分は、本体から削り取られたもの。本体が弱った事に変わりはない。上出来だろう」
ローアと呼ばれる少年は、満足気に笑って続ける。
「それに……あの毒のいばらのお陰で、邪魔者を始末する事が出来た。ご丁寧に身元が判らぬまま火葬してくれたしな」
「邪魔者? ローア様、まさかっ、奴らがっ」
「ふんっ、愚かにもこの私を付け回しおった。まあ、王さえ認識出来ておらん組織だ。消えて困る者などおらんさ」
くつくつと笑うローアに、従者は小さく同意を示すように頷く。
しばらく愉快だと笑った後、ローアは思い出したと口を開く。
「そういえば、町であの影を連れた奏楽師を見たぞ」
「接触はなかったのですね」
「ああ。あれは私の事を知らんだろうしな。目的は同じだと言うが、どうだか……奏楽師などに、こちらの崇高な目的など分かりはしないだろう」
「そうですね。今回も、恐らく事がこれほど早く露見したのは、奴の仕業でしょうし」
語部と奏楽師は似て非なる存在。物語りを語り、新たな物語りを欲するが、語部達の本当の目的を知る者ではない。
「ふっ、邪魔になれば始末すれば良い。ここでの事は成した。一度帰るぞ」
「はっ」
馬車が走り出す。開けた小窓から、見える空に黒い鳥が横切る。
ニヤリとそれを見てローアは呟く。
「いずれ黒鳥も落としてみせよう……我らの悲願……いや、その先にある真の私の目的の為に」
この忌まわしい生を生き、暗躍し続けるのは、語部達の為ではない。ローアの本当の目的は、語部が望む悲願の先にあるのだ。
「せいぜい利用させてもらおうではないか」
全てはローア自身の為だけに。その為ならば、国が滅んだ所で構わないのだから。
読んでくださりありがとうございます◎
暗躍する者ばかり?
次回、水曜7日の0時です。
よろしくお願いします◎




