014 嫌がらせですけど
2016. 9. 8
「うんうん。良い出来っ。これでまたお金に換えて……ふっふっふっ、お金を稼ぐって面白いんだなぁ」
ファナは、手当たり次第に薬を作っていた。腹痛の薬から目薬や打撲用の湿布薬まで、ただし、暇潰しとしての製薬なので、いつもより時間を掛け、丁寧に一つずつだ。
ファナに自覚はないが、間違いなくプラチナとクラウンを量産していた。
「あ~……もう材料がないか。そろそろバルド、戻って来ないかな……」
そんな呟きを漏らしながら、後片付けをしていく。その途中、また沸々と苛立ちが湧いてきた。
「くっ、あの薬師共! 広げるだけ広げまくって放置とかあり得ないだろ!!」
ファナは、後片付けをする事になった製薬室の状態を思い出す。なぜ片付けながら出来ないのかと叫んだのは、つい二時間ほど前の事だ。その時の喉の痛みはまだ僅かに残っている。
「片付けまで完璧にやりきって完成だって教わらなかったんか? まったく、人なんて所詮、勝手な生き物だわ」
愚痴をこぼしながらも、きっちりと片付けを済ませたファナは、籠に薬を入れ、どんな値段がつくだろうかとニヤけていた。しかしその時、バルドが部屋へ駆け込んで来たのだ。それも、シルヴァとドランを抱えて。
「ファナっ!」
「バルド? どうしたの?」
「すぐに出るぞ!」
「へ?」
いいから急げと引っ張られ、部屋を出る。
「ちょっと、バルド。薬の換金がっ」
「そんなもんは、次の町で構わん! っていうか、また作ってたのか!」
「うん……? そうだけど、どうしたの?」
バルドは、なんだか酷く焦っていた。半ば担がれ、ファナはされるがままだ。
「訳は道中話す。宿が取れんが許せよ」
「ふ~ん。別にいいけど。追われてんの?」
まるで二人のテンションが噛み合っていなかった。
周りには、ガタイの良い冒険者が、フードを被った小柄な人物を攫っているように見えるだろう。
ギルドを出る時、何人かの冒険者達がバルドへ何か言いたそうにしていた。ファナが目を向けると大袈裟に体を揺らし、誰もが身をすくませる。
結局なにも言えずにただ口を開け閉めしただけとなったが、バルドは彼らの様子に気付けなかった。
どうやら彼らはファナとシルヴァに怯えているようだ。
図体ばかり大きな男達が情けないと、ファナはバルドに運ばれながらため息をつく。
「ねぇ、バルド。お仕事は終わったの?」
背中合わせにして、バルドの背中に吊るされているファナは、掴まれた首元が絞まらないように手で支えながら、呑気に遠ざかっていくギルドを眺めて尋ねる。
「お、おう……キリつけてきた……」
「それって、終わってないって事? どっち?」
「っ~……終わったっ!」
ヤケクソ気味の宣言だが、ファナはそれならばとニヤリと笑い、微妙に絞まる首元を器用にずらすと、左手を握り、右手の平にいい音をさせながら当てた。その表情はフードに隠れて見えないが、凶悪で黒いものを滲ませている。
「そんならあの薬師共をきっちりシメ上げて……って、バルド、町を出る気?」
「そうだよっ。イクシュバに行くんだろっ」
「そうだけど、あいつらに一発食らわせないと気が済まない!」
「忘れろ!」
「諦めろじゃなく⁉︎」
今回は諦めろではなく、忘れろと言ったバルドに、なぜだと聞き返そうとした時、それは目の端に映った。
「あっ、バルド、噂をすればだよっ。一発っ、一発あの野郎にっ」
「なんだと? なっ、やっぱ、追ってきやがったかっ」
《ほぉ、これだけ人がいる町中を馬で爆走とは……中々の腕だな》
バルドの肩口から顔を出し、抱えられていたシルヴァが後ろを確認する。バルドは人の間を器用に縫って走っているのだが、その人が向かってきた事で、人々が見る間に道を開け、両脇へ飛び退いていく。
それを振り向いて見たバルドが顔を顰めた。
「あ、危ねぇなっ、あのバカっ」
一歩間違えれば大惨事だ。原因を作っているのがバルド自身なので、内心、冷や汗ものだろう。
その一方で、ファナは嬉しそうに声を上げた。
「バルド、バルドっ、あいつから逃げてんのっ? だったらヤっちゃっていいよね⁉︎ 殺っても問題ないよね⁉︎」
「待て待てっ、お前、今ヤるって意味がはっきり見えたぞっ」
「大丈夫っ、成す事には変わりないっ」
「やめろっ! あんな爆走してる奴になんかしてみろっ、周りに被害が出るわ!」
今にも高笑いをしそうなファナに、バルドは少しでもノークと距離を取ろうと必死だ。馬に乗った者に追いつかれないなど、あり得ないのだが、なぜかそれほど距離を詰められていなかった。
しかし、それも時間の問題だ。門はまだ先なのだから。
「シルヴァっ、頼むっ。ファナを危険人物にするわけにはいかん。あいつに捕まれば、間違いなくファナを拘束にかかるぞ」
「なにそれ。なんで私が捕まんの?」
尋ねるが、今のバルドには聞こえていないようだ。この必死さを受け、シルヴァが頷く。
《主があのような、いけ好かない者に触れられるなど我慢ならんからな。良かろう。乗るが良い》
「おうっ」
「へっ?」
シルヴァはバルドの手から前方へ跳躍する。そして、着地した時には本来の姿へ変わっていた。
そんなシルヴァに飛び乗るバルド。当然
バルドに担がれていたファナも後ろ向きに跨る事になる。
《ゆくぞ》
《シャァァ》
一気に加速し、人の間を縫って進む。跳躍し、人を飛び越え、家の屋根を登り、門を目指す。
「えぇ〜! シルヴァが本気で走ったら、あいつが追いつけないじゃんっ」
「いいんだよっ。忘れろっつただろっ」
「ぐぬっ……せめてもの恨み! くらえっ、ラブリーペイント弾っ」
「おいっ⁉︎」
ファナが懐から出したそれをノークへと投げつける。遠目にも見事にヒットした弾は、真っピンクのどぎつい色の着色をノークへと施していた。
「なんだよアレ……遠くからでも見えるな……すげぇ色……」
「ふんっ、特製のペイント弾だもん。水でも落とせないんだからっ。せいぜい笑い者にされて、泣き寝入りするがいいわ」
「落ちねぇのかよ……どうすんだ」
バルドは途端に気の毒になった。しかし、救いはない。
《ただでさえ落ちにくいプランザの実の汁に、主が独自に調合した秘薬が合わさっているからな。ひと月は落ちぬわ》
「ひっ、ひと月っ⁉︎」
ひと月もどピンクのままなのかと、改めて振り向くと、呆然としているであろう、立ち止まったままのノークが一発で目に入った。
《うむ。ひと月もすれば色素が消える。不思議だろう。まぁ、あれは消えぬように改良する前の試作品だからな。いつの間にか主の玩具になっているようだが》
「何てもんを作ってやがるっ!」
「なによぉ。苦労したんだよ? 雨に濡れても消えない塗料を開発しろって、師匠に言われて、三ヶ月もかかったんだから」
「それは長いのか短いのか……」
ファナが十歳の頃。小屋の壁に絵を描く為に作るように言われて、ファナ自身も色に染まりながら開発したのだ。
その後、色を落とす為のものを開発するのに、更にひと月かかった。
「十二色作り出すのに、どれだけ苦労したか」
「……なら、あのピンクは嫌がらせ用なんだな……」
「当然よっ。黄色よりも目に痛いんだよね。なんていうの?残像に残るんだよ。寝ても覚めてもピンクっ……ふっふっふっ、ひと月して色が消えても、夢で見るわよ〜ぉ」
「……ヒデェ嫌がらせだ……」
バルドが真っ青になるのも仕方がなかった。
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