138 いばらの毒
2017. 5. 24
ランドクィールとノバは、日が昇る頃に目を覚ました。
今回の事は、リナーティスに解決してもらわなくてはならない点が大きい。だから、とりあえずは自分たちも休もうと仮眠を取ったのだ。
軽く食事を済ませ、そろそろ一晩、ひと角についていたバルトロークも戻ってくるだろうと、二人は森へ向かった。
昨晩、バルトロークと別れた森の入り口でしばらく待っていれば、ひと角と共にバルトロークが姿を現した。
「ご苦労だったな」
そうランドクィールが先ずは労いの言葉をかける。
「はい……」
そこで、バルトロークの様子がおかしい事に気付く。単に疲れているというわけでもなさそうなのだ。
そうして目をやったのはバルトロークの左手だ。
布が巻きつけてあって指が見えない。若干顔色も悪く、それなのに汗が顔に滲み出ている。
だから、ランドクィールはまさかと思った。
「バル……いばらに触れたのか」
「っ……はい……」
言っておけばよかった。絶対に触れるなと。あの時、確証はなかったが、それでも一言口にすべきだったのだ。
悔しがるランドクィールを見てか、ひと角が弁明するようにその時の状況を話す。
《僕もあのいばらがおかしいって気付いてたんだ。だから、なるべく触らないでって言ったよ。けど……なんでか森の中に子どもがいたんだ。その子どもが、いばらに触れようとしてたのを止めるのにバルが……》
「子ども?」
どうやらそれは、迷い込んだ旅人の子どもだったらしい。親らしき人物が一人、子どもを見つける前に離れた場所に倒れていたのだという。
先に見つけた男は、とうにこと切れていた。ひと角がその死を浄め、消したのだが、それからしばらくして、その子どもを見つけた。
「その子どもは保護を?」
ひと角のあの空間に連れて行ったのかとノバが問う。しかし、ひと角は首を横に振った。
《走って行っちゃったんだ》
「どこへだ?」
《森の外だよ。彼の手の様子を確認していたら、何も言わずに走って行って……ちゃんとこの出口から出て行ったのは気配で確認できたんだけど……》
ひと角はその子どもが走り出してすぐに子どもの気配を追っていた。そして、この場から町の方へ向かうのが分かったという。
「……真っ直ぐにか?」
《え? あ、そういえば……うん。真っ直ぐに迷わずに出て行った。結構距離があったのに……なんでだろう?》
ひと角は、今頃その奇妙さに気付いたようだ。
《本当になんで? だって速度変わんなかったし、あれ?》
動揺を見せるひと角。しかし、その間にもバルトロークの様子はおかしくなっていた。
「うっ……っ!」
「バルっ」
腕を押さえて、倒れそうになるバルトロークを、慌ててノバが支えた。このままでいいはずはないと、ランドクィールはノバに指示を出す。
「ノバ。すぐにリナーティスを呼んで来い」
「はっ、はいっ」
体格的にも体力的にも、バルトロークを運ぶよりもリナーティスを呼んできた方が早い。そう判断したランドクィールは、ノバからバルトロークを預かる。
バルトロークを寝かせ、手以外に異常はないかと確認した。そんなランドクィールに、バルトロークが痛みを堪えながら言う。
「ラク様は触れないでくださいね……っ。あなたに何かあってはっ……っ」
「分かっている。もう少し我慢していろ」
だが、その布で包まれている手へ目を向けて気付いた。
「……おい、ひと角。バルがいばらに触れたのはどこか分かるか?」
バルトロークの意識は朦朧としており、口を開かせるのは酷だ。だから、ひと角に確認した。
《えっと……確か、指の所だったよ。うん。傷を見た。太くて短い方にある二本。その真ん中くらい》
ひと角が言うのは、恐らく人差し指と中指。その第二関節辺りだろう。それならば、やはりおかしい。
「……バル。布を外すぞ」
「っ、いけませっ……っ」
拒否するバルトロークに構わず、ランドクィールはその乱暴に巻きつけられた布を慎重に外した。
《っ、なんで……っ》
ひと角が見て驚くという事は、今の状態ではなかったのだろう。そう、腕の半ば近くまで、紫に変色してきていたのだ。手は全て色が変わってしまっている。このままではいけない。
「まずいな……ひと角。お前の力でこれの進行を遅くできないか?」
《え? 進行を遅く?》
「そうだ。お前の作った空間は時が経つのが早かった。逆も出来ないか?」
《う〜ん……ちょっ、ちょっと待ってね》
ひと角にはない発想だった。だから、必死で考える。
《えっと、やってみる》
「殺さんようにな」
どのみち、このままでは危ないのだ。そんな場合は、低い可能性でも賭けてみるというのがランドクィールだった。
《……それだとちょっと自信ないかも……う、ううんっ、努力しますっ》
「そうしてくれ」
緊張した面持ちで、ひと角は力を行使する。複雑に魔力が混じり合うのが分かった。そして、バルトロークの変色した手から腕が、光る膜で覆われたのだ。
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