136 世話役が必要です
2017. 5. 17
ノバはリナーティスに食事を用意しだす。その間に、汚れたままではとリナーティスに湯浴みをするように提案したのだが。
「一人で大丈夫か?」
心配になったのはランドクィールだ。あまりにも呆っとしているので、不安に思ったのだ。
「……そうですね……放っておくと、いつまでも戻って来ない時もあるので……」
どうやらリナーティスは、極端に一つの事に集中するタイプのようだ。困っていれば、物音で起きたらしいシィルが寝室から出て来た。
「あ、母さん出せたんだ」
「シィちゃんっ。久し振りぃ」
リナーティスが、テンション高く抱きついていく。『出せた』という謎の表現にツッコむ余裕もない。
仕方なさそうに受け止め、シィルは慣れた様子で背中を叩いてあやす。
「はいはい。大分、汚れてるね。洗濯するから脱いで」
「はぁ〜い」
そうして、これがいつも通りだと言わんばかりにシィルに連れられてリナーティスは湯浴みに向かった。
「慣れてるな……あれが達観している理由が分かったぞ」
「……シィル……」
ノバ以上に気の毒な少年だ。ノバが王都に働きに出てしまっているので、全てシィル一人にかかってくるのだと、この一日で理解できてしまった。
時刻はいよいよ深夜が迫っている。そんな中、湯浴みを済ませてサッパリしたリナーティスは、ノバの作った食事に舌鼓を打つ。
「おいひぃ」
「それは良かったです。熱いので慌ててはダメですよ」
「はぁ〜い」
どう見てもこれが母親には見えなかった。
ランドクィールやノバも昼からまともに食べていなかったと思い出したので、一緒に食事をする事になったのだが、ノバはリナーティスが食べるのが気になって中々食事が進まないようだ。
洗濯を終えたシィルがそれを見かねてリナーティスの隣に座る。
「ほら、母さん。ずっと食べてなかったんだから、もっとゆっくり。これだけ食べたらおしまいだからな」
「え……もっと食べたい……」
「それを言いたいなら、毎日ちゃんと食事を摂ろうと思ってよ。もう夜だし、どうせすぐ寝ちゃうだろ?」
「む〜……分かったわ……」
納得させるのも手馴れたものだ。
しかし、寝られては困るのだがとランドクィールが顔をしかめてしれば、察しの良いシィルが促す。
「そういえば、母さんに何か話があったんじゃないの? 今聞いておかないと、食べ終わる頃には寝ちゃうよ?」
やはり寝るらしい。ならばとランドクィールは急いで先ほど地下でした質問をもう一度口にする。
「リナーティス。そこの森のいばらの毒が変質化しているようなのだが、どういうものか分かるだろうか?」
これに、リナーティスはコクリと頷く。
「分かるわ。やっと長年研究してきたあのいばらの毒の解毒薬のヒントが見つかったのに、違う性質に変わってきたから、また一からやり直しよぉ。もうっ、何て事をしてくれたのかしらっ」
ぷりぷりと怒りながら、リナーティスは紅茶を一気にあおる。
乱暴に置いたカップに、シィルがまた紅茶を注ぐ。そんな様子を見ながら、ランドクィールはふと引っかかった。
「何て事を……誰かが何かしたのか?」
そういう意味に聞こえたぞと尋ねれば、スプーンをくわえたまま悔しそうに言う。
「そぉよぉ。誰かが根元の所を弄った跡があったわ。枯らそうとでも思ったのかしら。土が変色してたの。そこに何かの液体をかけたのね」
リナーティスは植物や病の研究が専門だ。毒薬に詳しいわけではない。だから、それが何だったのかは分からないらしい。
「でも、そんな液体より、あのいばらの方が強かったのねぇ。だから、変質化してしまったのよ。今のあの毒は危険よ? 体を腐らせるわ」
「死に至るという事だな」
「ええ。ゆっくりとだから、相当苦しむわよん」
なぜか嬉しそうだ。根っからの研究者なのだろう。今まで存在しなかったものや、今回のような植物の変質化は楽しくて仕方がないのだ。
しかし、今までのように悠長に研究してもらうわけにはいかない。
「どうやら、獣達の被害が多いようなのだ。どうにかならないか?」
ようやく本題に入れる。
そう、今回の被害は獣達だ。毒に苦しむ彼らを、あのひと角の影はどうする事も出来ずに殺していた。殺すしか楽にしてやる方法がなかったのだ。
これにようやくノバも気付く。
「あ……なら、あの影は獣達の為に……」
影であってもあの森の主として、そこに生きる者達を守ろうとしていたのだ。
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見た目で誤解されてしまった影です。
次回、月曜22日の0時です。
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