129 森の主
2017. 4. 12
次第にその気配が色濃くなる。
黒霧と同じだ。全てを凌駕する強く畏怖を感じる気配。それが今まではそれほど感じなかった。石の中はまた違うどこかなのかもしれない。
そこから、銀に輝く角が一つ出てきた。波紋は大きく広がり、角がついた馬の頭が現れる。その毛並みの色にランドクィール達は息を呑んだ。
「っ……金……」
淡い光を放つ金の毛並み。気配がもっと柔かければ、美しいと感嘆の溜め息が漏れただろう。
しかし、更にその引き締まった体躯が見えると、いよいよ息苦しくなるほどの殺気に似た気配が辺りを支配していく。
「っ……」
「くっ……っ」
ノバとバルトロークはこれに脂汗を滲ませて膝をついた。
このままでは、意識のない者達も危ないかもしれない。まだ囚われて日が浅い騎士達は苦しそうに唸り声を上げ始めていたのだ。
ランドクィールは呑まれそうになる意識を堪え、強い視線をそれに向けて言った。
「森の主と見受ける。悪戯に死者を出す事を厭うならば、その気配を少し抑えてもらいたい」
倒れていた者達は死んではいなかった。危うい状態の者もいるが、それは時間が経った為の衰弱だろう。ならば、殺す気はないのだ。
それを裏づけるように、気配がすっと和らいだ。ノバとバルトロークは後ろで息を整えている。
ランドクィールは真っ直ぐにその角を持つ金の馬へ目を向けたまま、それの反応を待った。
それの瞳もランドクィールの何もかもを見透かそうとするように見つめている。
どれだけの時間が経ったのだろう。頭に響くような声が唐突に聞こえてきた。
《邪魔をするな》
「……」
その言葉を、キィラの口から聞いた。だから、間違いなくこれはそれの言葉だ。
《同じ事を何度も言わせるな》
「何の邪魔なのかが分からんのでは、手の引きようも、対処も分からんだろう」
《っ……そんなものは考えろ》
「はぁ?」
少し苛ついた声が出てしまったのは仕方がない。勝手な言い分なのではなく、それは言った本人も考えがまとまっていない証拠だ。
「子どもか?」
《なっ、バ、バカにするなっ。お前なんかよりも長く生きてるんだぞ》
「長く生きた所で、それに伴う知識、教養、思考力が備わっていなければ子どものままだ」
《くっ……》
やはり子どものようだ。
ランドクィールは仕方がないと肩を落とし、腕を組んで言った。
「説明してみろ。ゆっくりで良いから言語化しろ。何を邪魔されたくないんだ?」
そうして尋ねるランドクィールを、誰よりも驚いて見ていたのはノバとバルトロークだ。その視線に気付き、少しだけ振り向いて尋ねる。
「何だ、ノバ、バル。何か言いたい事があるのか?」
ムッとした声は、ノバとバルトロークに早く応えろと言っていた。
「い、いや。ラク様がお優しいな……と……いえっ、いつもそうですが!」
「そうですねっ。ラク様はお優しいです!」
「……」
素直にそうかと、言って終われない言い方だ。どうやら、ランドクィールが相手の言葉を求めるのが珍しかったようだ。
確かに、これが大人であれば『話にならん』の一言で切って捨てるだろう。
すると、それがおずおすと言った。
《こ、怖くない……?》
「……何がだ」
立派な体格をしているのに、不安そうに首を傾げる。その瞳が少し潤んでいるのは気のせいではないようだ。
《クロさんが負けた相手でしょ? だから、怖、怖い人かと、思っ、思って……っ》
「「……」」
「……私が泣かせたわけではないぞ……」
責めるような視線が、背中に突き刺さるので、一応、弁明しておく。
「泣くな。そんな成りで何を軟弱な事を言っている」
《っ……うん……》
「……」
今度は拍子抜けするほど素直だった。
《……助けてくれる?》
「……力を貸すのは……まぁ、構わない」
《うんっ》
「……これだから子どもは……」
調子が狂って困ると、ランドクィールは気まずげに顔を背けるのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
純粋な子どもには、誰も敵いません。
次回、月曜17日の0時です。
よろしくお願いします◎




